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寒くて寒くてしょうがないのに、職場の暖房が壊れました! なんの罰ゲームだー!
本日は、「きみ、去なば」の「三」です。残りは来週でしょうか。
お待たせいたしますが、よろしくお願いします。
三、
恋しい足音が聞こえてきて花は顔を上げた。叔玉たちがさっと立ち上がり、壁際に退いていく。
「花ちゃん、入ってもいい?」
孟徳の声に立ち上がり、扉を開ける。開けるなりきつく抱きしめられ、花は笑った。
「おはようございます、孟徳さん」
「文若に聞いたら、今日は休みだって言うからさー。俺もお休み取れば良かったよ」
拗ねた口調に、彼女はくすくす笑いながら孟徳の手を取った。
「お休み、というか…朝は少し熱があるようだったので、大事を取りました」
「そっか、もう平気?」
「平気です。孟徳さんに会えたし、大丈夫です」
「そんなこと言われると舞い上がっちゃうなあ」
踊るように孟徳が自分を抱き上げる。細いように見える彼の腕はしっかりと花を抱いている。そう言えば玄徳と打ち合った時も、少しも揺るがなかったと花はちらと思った。
長椅子に寛いだ様子で腰掛けると、孟徳は笑顔で花の顔を覗き込んだ。
「婚儀に着る衣装は決まったかな? 気に入ったのがあれば良かったんだけど」
花は長々とため息をついた。朝一番に言わなければと思っていたことだ。彼の方から切り出してくれて良かった。
「孟徳さん。婚儀に着るのは一着だけなんですよね?」
「そうだよー。」
「なのにあんなにたくさん…勿体ないです」
「婚儀に着なかったのは君の儀礼用の衣になるんだから、ちっとも無駄じゃないよ。君は、いちばん気に入ったのを素直に選んでくれればいい」
得意顔の孟徳に、花は目尻を下げた。
「無駄にはならないんですね?」
「もちろん。」
「じゃあ…好きなものを選びます」
「楽しみにしてる。」
孟徳が笑う。安心したような目の色に、花も安堵した。きっと花があの十着の中に気に入ったものがなかったと言えば、彼はまた平然と追加するだろう。でもそれはさせてはならない。自分が異例ずくめだから、なおさら。どんな小さな「異例」でもこのひとの瑕瑾になってしまうのではないか、そればかり考える。
「ねえ、花ちゃんの世界の婚儀ってどういうものか教えてほしいなあ。」
「どういうもの、ってどういうことですか」
我ながら馬鹿みたいな問いだと思ったが、孟徳の興味の範囲は非常に広いので、どういう受け答えをしたらいいか迷う。
ふと、思うことがある。彼がもし自分とともにあちらに行っても、彼は社会的に成功しそうだ。ぱりっとしたスーツを着て、いい車に乗って、すごい広いマンションに住んで…花の想像力ではテレビドラマ程度にしか再現できないが、それでもその景色は孟徳によく似合っている気がした。
孟徳は膝の上に置いた花の手をゆるく撫でながら小首を傾げた。
「うーん、じゃあまず、どういう服を着るの?」
「ええと、大きくわけて2種類でしょうか。白無垢、という着物と、ウェディングドレスという洋服です。」
「色は?」
「どっちも白ですね。」
花も女の子だ。あちらに居たときは、結婚式にはこんなドレスがいいとか、海外リゾートウェディングがしたいとか、他愛ない夢を話し合ったものだ。
孟徳は干した果物をつまみながらふうん、と相づちを打った。
「色がないのかあ。こっちとはぜんぜん違うね。」
「そうですね。でも、孟徳さんが選んでくれた服はどれも綺麗で嬉しかったです。それに、ああいうきれいな色づかいの服を着る場面もあるんですよ? お色直し、って言って、二回目のお披露目の時」
「ふうん…」
孟徳は目を細めた。
「あ、駄目です、孟徳さん」
「んー? 何が駄目?」
「二回三回、衣装を換えることを考えてるでしょう…?」
今のは分かりやすかった。花が聞くと、彼は清々しい笑顔になった。
「当たり。」
「駄目ですよ!」
「いいじゃない。可愛い花ちゃんを俺が見たい。宴席で衣を換えればいいよね」
「叔玉さんたちが大変ですからいいです!」
「そういう優しさは俺にだけ向けてよ」
「孟徳さん!」
花は助けを求めて叔玉を振り返る。彼女は心得たように微笑んで小腰をかがめた。
「花さま、どうぞ丞相のお気の済むようにおつきあいくださいませ」
「叔玉、言い方が冷たいなあ」
「あら、違いまして? ねえ賽香」
「はい」
「お前たち二人とも、ちょっと花ちゃんの味方しすぎじゃない?」
「丞相がお言いつけになりました」
賽香が済ました顔で言うので、花はおかしくなって笑ってしまった。孟徳が、そんな花を見ながら片手をひらりと振ると、ふたりは礼をして退出していく。
「孟徳さん?」
花が不思議に思って尋ねると、彼は胸の中に彼女を抱き込むようにした。顔が見えない、と花は少し不満を覚えた。彼がそのまま何も言い出さないので、花は少し息を整えた。
「孟徳さん、父母のことまで気遣ってくれて、ありがとうございます」
「…ああ、叔玉が言っちゃったのか。」
「はい。」
花の背を、孟徳の大きな手が撫でる。
「寂しい思いをさせるね。…そんなことないなんて言わないでね」
「言いません。孟徳さんには全部分かってしまうから」
「そうだといいな。」
「でもわたし、嬉しいです。孟徳さんと居られて…好きな人と居るって、こんなに幸せになるものなんですね。」
ほんの少しの沈黙のあと、ありがと、という囁きとともに、額に唇が触れた。
「花ちゃんが俺の夫人になる日まであと少しだね。楽しみだなあ。」
子どもが遠足を待つような口調に、花は改めて孟徳の胸に顔を寄せて目を閉じた。
温かい。それに、いい匂いだ。背を撫でられると、子どもに戻ったような気になる。
「花ちゃん、寝るといたずらするよ?」
笑う声がくすぐったい。花は身を縮めて微笑んだ。
(つづく。)
(2010.5.27)
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