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やっと暖かい日がさして、ほんとうに嬉しい~。冷え性には寒いのは堪えます。
本日の更新は、文若さんと花ちゃんのあいだに生まれたお子さん視点です。十歳くらい?
いつにもましてパラレルなカンジですが、よろしい方のみ、どうぞお進みくださいませ。
リクエスト返礼は、またもうちょっとお待ちください…! うう、すみません。
「あにうえ」
舌っ足らずな声に、わたしは妹を振り返った。母上に似た妹は、にこ、と笑った。
「兄上、迷ったの?」
「…そうらしい」
わたしは歯を食いしばって答えた。妹はくりくりした目で心配そうに自分を見た。
「だいじょうぶ…?」
「大丈夫だ。心配しなくていい」
根拠はまったくない。けれど、妹を守ること、というのは父上と母上につねづね言われていることだ。わたしが言うと、妹はこくん、と頷いた。
「じゃあ、だいじょうぶ、ね。」
そう言って、小さな手でわたしの袖に掴まる。
もう勉学も始めたというのに、妹の仕草はとても幼い。けれどその幼さがかえって、母上似の顔立ちをより愛くるしく見せる。いつも怖い父上も、妹を教えているときは顔にしまりがない。
「でも兄上、ここはどこ?」
あたりを見回しても、大人ばかりだ。
都でもいちばん賑わっている街区のひとつ、衣や布を扱う店が建て込んでいるこのあたりに父上が教えた店はあるはずだった。何でも、母上のために特別に衣を誂えたそうで、わたしはそれを取りに行く役目を仰せつかった。
(母上には秘密だ。)
父上は、いつものしかめ面を倍ほども怖くして言った。わたしはおそるおそる聞いた。
(なぜ母上には秘密なのですか?)
(母上への贈り物なのだが、わたしは政務で取りに行く暇がなさそうだ。この日に渡すのでなければ意味がないのでな、お前に頼む。)
(分かりました)
わたしが言うと、父上は素っ気なく頷いた。
そしていざ、わたしが学問所の帰りに出かけようとしたら、家の近くで遊んでいた妹に見つかって付いてこられた…のだが。
(このあたりは、こんなに混んでいるものなのか)
父上も母上も、位に似合わぬとても質素な暮らしをなさっている。だからわたしも妹も、大官の子というにはいささか地味な衣を着ている。そのために学問所では、あの父上の子と気づかれぬことも多い。だから、こんなところに来たことがない。
…わたしは、焦っている。
もう少しで帰らないと、母上の夕餉の支度に間に合わない。母上はとても心配性なのだ。
父上がわたしたちに厳重に言い聞かせていることのひとつに、母上を泣かせないことがある。いちど、妹と遠くまで散歩に行きすぎて帰るのが夜になったとき、泣いて抱きしめてくれた母上の後ろに立った父上は、孫子を十回書き写すという宿題をくれた。…あんな怖い顔はもう見たくない。
そのとき、妹がぱっとわたしの手を離した。
「おにいちゃん!」
「あ、こら!」
妹が駆けていき、ひとりの男の裾を掴んだ。そいつは振り返ると、わたしと妹を見てにやりと笑った。妹を抱き上げて笑う。
「やあ、お姫さまは相変わらず花ちゃんに似て可愛いね。…お前もますます文若に似てきたな」
この男は、父上と母上の古い知り合いであるらしい。まれにふらりと家に来て母上と話していったり、妹と遊んでいた路地で会ったりすることもある。いつもへらへらした笑顔でまともに梳いてもいない髪は跳ね放題、見るからにあやしい。母上には再三苦言を呈しているが、そのたびに困った顔でかわされてしまう。
しかしそんな風体にもかかわらず常に堂々として、こちらに思わず言葉遣いを正させるようなところがある。
…もしかしたらこいつは、母上の『昔の男』とやらなのだろうか。それならば父上の名誉にかけて遠ざけなければ。
妹の小さい手をつかんであやしながら、そいつはわたしを見下ろした。
「それで? なんでこんなところにいるんだ?」
「父上に使いを頼まれたからです」
「へーえ。この通りにいるってことは、あの堅物石頭が花ちゃんに衣でも仕立てたの?」
「…その通りです」
「そっか、そうだよなあ。もうすぐ花ちゃんの誕生日だからなあ。」
「申し訳ありませんが、母上を『ちゃん』付けで呼ぶのは控えていただけませんか」
わたしは、常々言いたかったことを言ってみた。そいつは、面白そうな笑みを浮かべてわたしを見た。
「なんで?」
「父上も、そのような軽々しい言葉で母上を呼びません」
「俺はいいんだよ、あいつより先に花ちゃんに出会ってるんだから。っていうか、君がいまここにいるのは、俺のおかげなの。感謝しろよ?」
「意味が分かりません」
「うわー、そんな口癖まで文若に似たのか。ちょっとは花ちゃんに似たらいいのに」
わたしは真っ赤になった。それはいつも言われることだった。
言われたくない、という訳ではない。父上はいまの丞相府に無くてはならない方と、他国にまで評判が届いていると聞く。しかしわたしを見ると、その『似ている』が苦笑になるのだ。
曰く、『眉根をぐっと寄せているところ』。
曰く、『真面目すぎる』。
曰く、『口調が固い』。
曰く…
父上は立派だと思われることが、どうしてわたしでは駄目なのだろう。母上だって、父上の眉間の皺とか生真面目さとか口調の堅さとかは父上の格好良いところと、うっとりしながら言うのに。
そのとき、ぽん、と軽い音がした。顔を上げると、そいつに抱かれた妹が滅多にしない厳しい顔でそいつを見ていた。
「あにうえをいじめないで!」
もういちど、ぽん、と妹がそいつの頭を叩いた。
「うーん、俺はいじめてる訳じゃなくてね」
妹はもぞもぞと、困った顔をするそいつの腕から抜け出し、地面に転がるように飛び降りるとわたしの前に立ってそいつを見上げた。
「兄上はりっぱな兄上です! 父上がそう言っているもの。兄上がいるから、兄上が母上やわたしを守ってくれるから安心して働けるんだって。」
そいつは妹とわたしを見下ろし、「そっか」と、とても嬉しそうに笑った。その笑顔がとても光り輝いて見え、わたしはさっきと違った意味で紅くなった。そいつが手を伸ばし、わたしの頭を撫でて髪をぐちゃぐちゃにした。
「何をするのですか!」
「ちゃんと家族してるねえ」
そいつはわたしたちの目線にまで腰を落とした。胸元から艶々した紅い玉のついた簪を出す。紅い玉には精緻な牡丹が彫り込まれ、一見して高価なものだ。
「はいじゃあこれ、花ちゃんに。」
「なんですかこれは」
「あ、文若には内緒ね。あいつ怒るから」
「…お名前は」
「お前の母上を花ちゃんって呼ぶのは俺だけだから、そう言えばいい」
そう言うとそいつは妹の頭を撫で、身軽に雑踏に消えていった。わたしは手の中の簪を見下ろした。
「あにうえ?」
「あんな得体の知れないヤツから受け取ったものを、母上に渡してもいいと思うか?」
妹は目をぱちくりさせた。そうして、母上のように笑った。
「きれいだもの、喜んでくれるよ」
「…そうか」
「だって母上は、いつも笑ってあのおにいちゃんと話してるよ? 父上と同じように笑うよ?」
「そう、だな。」
…父上に聞ける日は、永遠に来ないかもしれないが。
わたしはその簪を袂にしまい、妹の手を取った。
「父上のご用事を済ませにいこう」
「うん!」
妹は、繋いだ手を大きく振りながら笑って歩き出した。
※※※
「文若さん、衣をわざわざ、ありがとうございます。」
「いや、似合っていて良かった。」
「文若さんが見立ててくれたなら、わたしに似合わないはずがないですよ。」
「そ、そうか」
「それであの…内緒だって言われたらしいんですけど、わたしを『花ちゃん』と呼ぶひとと街で会ったそうです。」
「…」
「ふつうの格好で歩いていたって…あの子たちは誰とは分からないみたいですけど」
「…確かに昼間お姿が見えなかった。」
「文若さん…」
「…明日は執務室に鍵をかけて出られないようにしておく」
「そ、それは…」
(2010.5.31)
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