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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 リクエスト返礼シリーズです。
 「孟徳×花」で「誘惑をテーマに、花ちゃんのスカートを絡めて」という主題でした。でもごめんなさい、文若さんと元譲さんは登場させられませんでした!! すみませんすみませんすみません…
 りせさま、リクエストありがとうございました。お心に少しでも沿えば幸いです。

 では、孟徳さんと花ちゃんです。

 


 花は、そろそろと孟徳を振り返った。目があった途端に全開の笑顔を浮かべられ、顔を紅くする。まったく、いまこの部屋に差し込む朝日のようにさわやかな笑顔だ。
 「孟徳さん」
 「なに?」
 「いい加減、目をそらしてもらえませんか?」
 「嫌だよ、花ちゃんが着替えてるところ見るの、好きなんだもん」
 「…結婚してもうひと月になりましたよ」
 ようやく反論すると、孟徳は急に、花がひるむほどの鋭い目になって上体を起こした。
 「花ちゃんは、俺がひと月くらいで君に飽きると思ってるの?」
 「そ、そういうことではなくて」
 「俺は一生きみに飽きることなんてないよ!」
 全軍に号令するような迫力で言われ、花はしおしおと夜着のまま立ちつくした。足音がして、ため息とともに抱きしめられる。
 「そのままで居たら風邪ひいちゃうよ?」
 「孟徳さんが意地悪するからです…侍女さんたちだって入ってこられないじゃないですか」
 「彼女たちは俺がいいって言うまで入ってこないことになってるからね。」
 そう言うと、孟徳は何かを思いついたように笑顔になった。花が身構えるほどそれは楽しげな表情だった。
 「そうだ。今日は俺が着替えさせてあげる!」
 「いやです!」
 反射的に叫ぶと、孟徳は叱られた犬のような目をして花を見つめた。
 「いや…? おれがきらいなの?」
 弱い声に流されそうになる自分を必死に励まし、彼の目を見返す。ここでもたつくと、会議に集まる文若や他の官たちに会わせる顔がない。けれどそれを言ってしまえば彼は意地になって寝台へ逆戻りだ。恥ずかしいのはもちろんだし、それは避けたい。
 「い、いえ、違いますけど結構ですっ、自分で着替えられます!」
 「えー」
 「本当にいいですからっ」
 全身で叫ぶと、ようやく孟徳は腕を解いた。
 「ま、いいか、今朝はこれくらいで」
 空恐ろしい呟きは聞かなかったことにして、花は帳の陰に隠れた。そこから顔だけ出して伺うと、孟徳は寝台に戻って向こうをむいて横になっている。花が見ていることを知っているのか、ひらひらと手を振ってみせた。
 「大丈夫だよ、今日は絶対見ないから」
 「はい…すみません」
 なぜ自分は謝るのだろうと思いながら、帳の陰から体を滑り出す。脇の棚に用意してある衣を確かめながら、花はちらちらと孟徳を盗み見た。どうやら彼は本当にこちらを見る気はないようで、寛いで横になったままだ。花は全身で息をついた。彼は嘘をつかないけれど、もっともらしく言いくるめられてしまうことはある。
 夜着を脱いで、手早くたたむ。くしゃみが出ないうちに下着をつけて、二枚、三枚と衣を重ねる。最近はこの帯を結ぶのも上手になった。
 本当は丞相である夫の衣を着付ける仕事は専門の官や侍女のものだが、孟徳は花にさせる。孟徳の衣は複雑なうえ、刺繍や飾りで少し重いのでまだうまく着付けできない。まだ手際の悪い妻を彼はいつものんびり待っていてくれ、どうにか終わると、よくできましたというように頬に口づけてくれる。
 花は、彼の軽いキスが好きだ。
 求められる時の気が遠くなるような口づけは、思い出すたび全身が熱くなるほどまだ慣れない。もちろんそれも好きだけれど、と花は内心で慌てて首を振った。でも、何かの拍子にぽん、とくれるそれは、夜のキスより甘くて優しい気がする。彼の膝の上にいる時のように、どきどきするけれど寛いでしまう。孟徳にはそのたびに困った顔をされるが、実際そう思ってしまうのだからしょうがない。
 背後で衣擦れがした。ねえ花ちゃん、と気の抜けた声で呼ばれ、振り返る。
 「着替えた?」
 「着替えました。」
 「じゃ、こっち来て」
 軽い調子で手招きされ、花は寝台に寄った。孟徳がゆるりと起きあがり、いつも奔放に跳ねている髪をかきながら大あくびをする。それが子どものようで、花は微笑んで寝台に座った。
 「孟徳さんも着替えましょう」
 言った途端、素早く抱き寄せられて膝の上に上げられる。必要以上に近づいた夫の顔は、悪戯っぽく笑っている。
 「今日も可愛い」
 「…ありがとうございます…っ!」
 孟徳の手が、するりと彼女の太股を撫でた。
 「ねえ、花ちゃんがこっちに来たばっかりの頃にはいてた短い裳…すかあと、って言ったっけ。仕舞ったんだよね。」
 「学校の制服ですよね。はい、仕舞いましたよ?」
 花は小首を傾げた。この服を着ていると花ちゃんがあっちに帰っちゃいそうで嫌だよとかき口説いた孟徳の切なそうな表情は記憶に新しい。
 夫はにっこりした。
 「良かった。もう俺以外の誰にもあんなきれいな足、見せて欲しくないし。」
 「…もしかして、そっちの理由が本当ですか…?」
 じろりと睨むと、孟徳は非常に分かりやすいごまかし笑いを浮かべた。
 「だって、あの短い裳が風にひらひらすると、独り占めしたいところが他の男にも見えちゃうかもしれないし」
 意味深な言い方が花の顔をより熱くした。
 「そんなこと考えるの孟徳さんだけです」
 「そんなことない」
 急に真顔になった夫は、花の腰をきつく抱きしめた。
 「男はみぃんな狼だよ。文若だって元譲だってみーんな。そうだよ、玄徳だって呉のやつらだってみんなそうだ! あーあ、なんで君は最初に俺のところに落ちて来なかったのかなあ。そうしたら俺がぜーーったい誰にも見せなかったのに! あんな可愛い足を見せまくって、こんな慎ましくて優しくて素直な子が、自分を誘惑してると思ったに違いない」
 「孟徳さん孟徳さん」
 ぎゅうぎゅう抱きしめられ、花は悲鳴をあげた。
 「孟徳さんってば!」
 「はなちゃーん」
 「だいたいですね、誘惑っていうのは、孟徳さんのお知り合いだったあのきれいな人たちに似合う言葉で、わたしなんて誘惑できませんよ」
 「それは違う!」
 孟徳が勢いよく体を離したので、花は目がくらくらした。非常に真面目な顔の夫が、びしり、と人差し指をたてる。
 「さっきも言ったけど」
 真剣すぎて怖い。花はすこし首をすくめた。
 「はい」
 「男はみんな狼だ。俺は、花ちゃんにだけ好きこのんで狼になるけど」
 正直すぎます、とこっそり彼女は思った。
 「俺は、俺の花ちゃんを誤解したかもしれないだけで相手を斬りたいくらいなんだ」
 「いけません!」
 「分かってるよ。…でもね」
 柔らかく手を取られ、甲に唇を落とされる。
 「ひとはね、都合よく解釈しちゃうものなんだ。みんな、他人に好かれたいから。大事にされたいから。…君みたいないい子ならなおさらね。だから」
 そのまま視線だけが花を見る。
 「俺以外、誰にもこの『手』をさしのべないで。」
 彼女は、淵のような、静かな目を見返した。
 どうしてかつての自分は、このひとが分からないなどと思ったのだろう。こんなに簡単に、手の内をさらすひとを。誰にでもそうなのに、みんな彼の肩書きに惑わされているだけだ。
 「孟徳さん」
 なあに、というように彼が瞬きする。掴まれていないほうの手でその頬を撫でると、彼は手の甲から顔を放した。その唇をすくうように口づける。
 「孟徳さん、酷い」
 「え」
 「わたしだって、好きなひとにしか見せない顔があります。知っていますよね…孟徳さんだけが。誰よりもよく知っていますよね?」
 恥ずかしいのをこらえて笑ってみせると、孟徳がゆっくり笑顔になった。そんな可愛らしく笑うなんてずるい、と花は内心だけで拗ねた。
 「そうだね」
 「そうです」
 「じゃ、こんど俺を誘惑してね?」
 結局そこになってしまうんですねと彼女は孟徳をちらを睨んだが、すぐ、目を伏せた。
 「…いままでは誘惑されてくれなかったんですか…?」
 夫にされた様々のことを思い出し、顔を伏せながら口ごもる。とたんに抱きしめられ、激しく頬ずりされる。
 「ああ違う違う、ちゃんと誘惑されたよ! おとといの君は本当に可愛く色っぽく慣れない調子がくらくらするくらい魅力的に」
 「そこまででいいです!」
 彼女は慌てて孟徳の口を手のひらで塞いだ。その手が軽く口づけられ、小さな声が聞こえた。
 「ありがと、花ちゃん」
 「はい。…じゃ、着替えてくれますか?」
 こっくりと頷いた孟徳は、手を叩いた。侍女たちが軽い衣擦れの音とともに入ってくる。花は夫の側を離れ、侍女の手から衣を受け取った。
 「孟徳さん、こちらへどうぞ。」
 「ああ」
 すっかり丞相の顔になった夫を見て、花はこっそり微笑んだ。

(2010.5.20)

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