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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 今回は、リクエスト返礼はお休みです。もう少しお待ちください、すみません。

 で、今回のこれは18禁とかになるのでしょうか…うーん。

 では、文若さんと花ちゃんです。



 花は寝台からそっと降りた。
 この時代に遮光カーテンはない。だから、朝は容赦なく日の光が差し込むし、夜は暗い。いちおう、窓辺には薄い布が吊ってあるが、それとて物の役には立たない。
 窓を開けると、夜気と一緒に月の光が部屋に差し込む。花は目を細めた。…こんな夜は、いちど起きてしまうと眠れなくなる。
 「凄い月」
 呟くと、小さくくしゃみが出た。でも窓を閉める気にならない。煌々とした月は中天に遠く、真珠のように見える。
 「文若さん、もう寝たかな?」
 呟くと、あの夜が心をかすめた。消えそうに儚く見えた彼の袖を掴んだ感触が、花の手によみがえる。彼女は自分の手を握ったり開いたりしたあと、窓をもう少し開いて窓枠に頬杖をついた。遠くの城壁まで冴え渡って見える。
 「文若さん」
 花は呟いて、口元を押さえた。す、と体に熱が戻る。
 今日は簡の届け先を三回、間違えた。さいわい手渡す時に相手が気づいてくれたし、指摘も小声だったので大事にはならなかったが、急ぎだ、と言われたものを間違うのはとても落ち込む。
 使い走りなら、それこそいくらでも換えがきくのに、文若は自分を側に置いてくれている。花は祈るように両手をきつく握りしめた。…お前のままでいい、お前がいいと何度言われても、どこかに怯えがある。いまここで、彼に嫌われてしまったら。そう思いかけて強く首を横に振る。
 「やっぱり、夜に考え事したらいけないよね。」
 「…なにがやっぱりなのだ」
 「ひゃあ!」
 花は慌てて口を押さえた。あちこち見回すと、ここだ、というため息混じりの声が下から聞こえた。文若が彼女の窓の下、地面に立ってこちらを見上げていた。花は独り言を聞かれた恥ずかしさより、意外さに目を見開いた。
 月明かりに白皙の顔はいよいよ白い。その光のせいで眉間の皺もよりくっきり見える。
 「なんという声を出しているのだ、お前は」
 腕組みして呆れた声を出す文若に、花は口元を押さえたままおそるおそる言った。
 「お仕事の帰りですか?」
 「いや。眠れないのでな、散歩だ」
 よく見れば彼は官服ではなく、夜着に上衣を羽織っただけだ。花は笑顔になって窓から身を乗り出した。
 「わたしも起きてしまいました。同じですね」
 文若は咳払いして月に目をやった。
 「美しい月だ」
 「本当ですね。文若さんとまた見ることができて良かった」
 「…ああ」
 文若はまた咳払いをし、花を見上げた。その顔が徐々に紅くなる。花がそれを見定めるより早く彼は顔を伏せた。
 「わたしも、お前にそう言えて嬉しい」
 「あ、ありがとうございます…」
 ふたりの間に沈黙が落ちる。
 何か言わなければと焦るが、何も言わなくても満ちているような気もする。月の光だけがふたりをつないでいる。
 「花」
 急に呼ばれ、花は我に返った。凭れていた窓枠から、自然と体が前のめりになった。二階の窓枠から不自然に上体が乗り出し、揺れた。花、と叫んだ声の向きが分からなくなる。
 視界が回転する。一瞬すべての力が無くなり、次の瞬間、何か柔らかいものの上に落ちていた。
 「…れ?」
 目をぱちくりさせると、ぬっ、と月明かりが遮られた。今まで見たことがないほど眉間に皺を寄せた文若が、口元を震わせてこちらを見据えている。
 「れ、ではない!」
 「どうしちゃったんでしょう」
 「窓から落ちたのだ!」
 文若は絶句し、花の両腕を痛いほど掴んだ。
 「…ばか、もの」
 「す、すみません」
 謝ると急に動悸が高くなった。文若の腕ががたがた震えていたせいかもしれない。
 「ごめんなさい…あ、わたし、文若さんを下敷きにしちゃってますよね。大丈夫ですか?」
 「もういい、無事だったのだから」
 いっこうに腕を放そうとしない文若に、花は体の力を抜いた。
 「まったくお前は、予測不可能で理解できない」
 「すみません…」
 花が小さくなると、彼は太い息をついて腕を放した。もぞもぞと花が体の上から退けるのを待ち、壁に凭れる。花は文若と月を交互に見、彼がそこを動かないのでそっと横に並んで座った。彼はちらとこちらを見たが、何も言わなかった。
 「あの」
 「何だ」
 「話しても、いいですか」
 彼がふ、と笑った気配がした。
 「…ああ」
 「眠れない、って、よくあるんですか」
 「いや、あまりない。眠れないというより、起きてしまっただけだ。…月に呼ばれたのかもしれない」
 いつにない詩的な物言いに花はまじまじとその横顔を見たが、彼が大きく咳払いしたので慌てて前を向いた。もう少し、横顔を見ていたかった。彼の寛いだ様子など、ほとんど見られない。
 「今日は、何を気にしていたのだ?」
 「へ?」
 「落ち込んでいただろう」
 ああ、と花は肩を落とした。
 「今日は、ちょっと間違いが多かったんです。」
 ふう、と明らかなため息が花の頭上を通り過ぎる。
 「それで、夜に考え事したらいけない、か。」
 「夜の考え事って、なんだか無駄に落ち込んでしまいますよね! えへへ」
 花は笑って文若を仰ぎ見たが、相手の顔が意外なほど真面目で笑みは中途半端で消えてしまった。
 彼は案じていた。花にも分かるほどはっきりと、彼女のその態度を案じる目をしていた。大きな手のひらが頭を撫で、髪を梳いて降りる。恋人としての優しさが、触れた場所から染みてくるようだ。
 「花」
 「は、い」
 「何も、心配するな」
 花は、今度こそはっきり息をのんだ。文若が彼女から目を反らし、また月を見上げる。
 「わたしも心配だった」
 「何をですか?」
 「お前が、こんな馴染めないところにいられません、帰ります、と泣き出しているような気がして」
 「…文若さんには、何にも隠し事ができませんね」
 そう呟くと、彼は小さく咳払いをした。
 「わたしではない…月に見透かされているのだろう」
 「え?」
 「月を見て思い出したのは、お前と同じことだ。だが、お前はあのとき、確かにわたしを引き留めたのに、わたしはお前を慰める言葉が思いつかないまま、目が冴えた。」
 最後は彼らしくなく、ぼそぼそと声がくぐもった。花は、彼の上衣の袖をつかんだ。
 「帰ったりしません」
 「そうか」
 「…文若さんをおいて消えたり、しません」
 「ああ」
 文若の瞳がこちらを向く。心底、安堵した目が自分を射抜く。それを見ると、おかしいくらい鼓動が高くなった。ぼうっとして、頬に彼の手が滑るのも、一瞬おくれて気づいた。
 「そうして白い夜着だけを着ていると、天人のように光って見える。でも、こうして触れると温かい。…おかしいな、あまりに美しいものの前では、ひとは怖じ気づいてしまうらしい。」
 花の唇が、ひらいて、閉じた。それに、触れるか触れないかの口づけが降りた。
 文若が、ふ、と苦笑した。
 「どうしたんですか…?」
 尋ねる自分の声が、とても遠い。
 「お前を確かめたいのに」
 大きな手のひらだ。それが、自分の頬を何度も撫でる。そうしてまた、静かな口づけが降る。
 彼の声が耳元近くで聞こえ、鼓動が一段と跳ね上がる。
 「明日にはまたお前があの部屋に来る。おはようございますと」
 「はい」
 「墨をすって、わたし宛の書簡を分け、わたしからそれぞれに届け、わたしと茶を飲み、夕方には別れる。また明日よろしくお願いしますと、お前は笑う。それの、繰り返しだ。また朝にはお前は笑ってやってくる」
 「文若さん」
 「…分かって、いるのに」
 耐え難い、とほとんど吐息のような声が首筋をかすめた。
 「文若さん」
 「お前と離れていたくない」
 花は、ゆるりと腕を持ち上げた。文若の背に回すと、彼の体が大きくうねった。
 「離れていくのが、恐ろしい」
 わたしも、と言おうとした。でもそれは唇を震わせただけで言葉にならなかった。体を離した彼が、花を伺うように覗き込む。それがとても頼りない子どものような表情で、花は自分から抱きついた。
 意外に逞しい腕が、彼女の体を抱き上げる。どこか遠いところから聞こえてくるような彼の足音に、花は、明日からこの道を通るときは今夜のことを思い出さずにいられなくなると思った。


※ ※ ※


 ぼんやりと目を開ける。
 窓から差し込む光は、もうずいぶん日が高いことを教えている。
 (今日は寝ていればいい)
 そう囁いて唇が触れた頬を無意識に指先でなぞると、急に意識が浮上してくる。口元を押さえ、熱い息を堪えた。
 広い背が夜着を着直して出て行くのが、夜明け前の薄い光にぼんやり見えていたのは覚えている。上体を起こすのもおぼつかない自分を床に横たえ直して、額に口づけてくれた。それきり、自分はまた眠ってしまった。
 あのひとは今頃、いつも通りの表情で執務室に居るのだろうか。
 自分を抱き込む腕の強さとか、胸の広さとか、意外に節くれ立った指とか。今までもああこのひとは男の人だと思うことはたくさんあったのに、あんな風に自分を求めてくれるとは思っていなかった。なんだかんだ言って、自分よりずっと大人だと思っていたせいかも知れない。
 彼が女性に慣れていたかどうかなんて、自分には分からない。ただ、自分を好きだと思ってくれていることはよく分かった。遊びで女の人とどうにかなるようなことがないひとなのは知っているつもりだったが、体の隅々までそれを教えられた。
 体をずらすと、こほ、と咳き込んだ。喉が渇いている。枕元にあるはずの水をさがして体を起こすと上掛けが肌を滑り落ちて、何も着ていなかったことを改めて思い知る。顔を紅くして夜着をさがすと、足下のほうにたたんでおいてあった。彼の仕業だろう。すみません、とその夜着にむかって頭を下げる。
 衣を羽織り何気なく枕元を見る。そこに、寝る前は無かった白い包みがあった。不審に思って布を開くと、青玉を連ねた腕飾りが入っていた。二連にして付けるものなのか、輪が長い。管玉と小さい丸玉を交互に繋げた腕飾りは、花が「あちら」の雑貨屋で憧れて見ていたものに似ていた。彼が置いていってくれたのだろう。
 花はそれを目の前にかざした。それは光を通しすぎることなくしんと青い。石とは違った手触りに、ガラスだろうと思う。この世界のガラスがもとの世界のものより透明度が低いことは知っている。
 「…きれい」
 昨夜の夜の色だ。
 手首に巻くと、それはほんのり温かい気がした。


(2010.5.24)

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