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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 ワタシの土地は、いま桜が満開です。








 花は、慎重な足取りで青草の上を歩いている。今日は暖かくなったから、薄い靴でも歩きやすい。この靴がまた、赤で縁取りした白い靴で、とても可愛いのだ。
 孟徳の居城は、とても広い。最初のころは覚えられずによく迷った。柱の模様や格子の組み方が違うと教えられてもなかなか分からない。むろんそれは、あるじである孟徳を護るためにわざと分かりにくくしているのだろうが、間違えるたびに文若にため息をつかれる身としては、早く覚えたい。というわけで花は、休みをもらうたびに城の中を歩き回っていた。
 そうして、覚えたことがある。回廊に面した中庭のような場所は、どれも同じ植物が植えられていない、ということだ。花がここで過ごす短い間にも、濃い紫の花が朝だけ咲く場所や、夜に白い小花が咲く場所を知った。
 そして、この木が咲くのを、ずっと楽しみにしていた。木を見上げ、花はうふふ、と笑った。
 「今日は満開。」
 薄い黄色をした小花が細い枝にたくさん咲いている。花の知っている梅に似ているようだが、お線香のような不思議な匂いがする。花は根元に座った。
 枝の隙から見えた空は、とても青い。
 「青いのは、一緒だなあ…」
 何もかも異なるこの世界だが、眩しい空は変わらない。いや、花の知る青より、もっと高いような気がする。
 「これが、どこまでも続いているんだものね。」
 呟いた時、花びらが一片目の前に舞った。思わず手を伸ばしたが、それはからかうように逃げて地面に落ちた。
 あ、と呟いた時、その花びらを長い指がつまんだ。
 「やあ、花ちゃん」
 「孟徳さん!」
 弾んだ声が出てしまうのは仕方がない。二日ぶりに会った恋しい相手は、少し渋い顔をして花を見下ろした。
 「こんなところまで歩いてきて大丈夫なのかい?」
 「今日は暖かいですから。それに、この服はあったかくていいです」
 花は、侍女が着せてくれた衣をつまんだ。白地に細い金糸で縫い取りをし、深い青の肩掛けをつけた服は、花が思わず声を上げてしまうほど繊細な美しさに満ちていた。
 「気に入ってくれた?」
 「はい! ありがとうございます」
 「隣、座っていい?」
 「ええ」
 花は膝を抱えて座り込んだ。孟徳が隣に座って木にもたれる。
 「ひとりで出歩いちゃ駄目だって言ったでしょ?」
 「ごめんなさい…自分の部屋の近くならいいかと思って」
 孟徳の手が花の頭を撫でるように抱え、自分の肩に引き寄せた。
 「駄ぁ目。花ちゃんがあんな目に遭うなんて、俺はもう耐えられない。」
 「…ごめんなさい」
 花は、まだ引きつるような感覚の残る自分の傷を思った。孟徳がどれほど自分を心配してくれたかも、よく分かっている。ただ何度でも、自分は孟徳を庇うだろうと思う。
 その姿勢のまま、孟徳は呟くように言った。
 「それで、どうしたの? お散歩?」
 「はい。この花はもう咲いたかなって気になっていたので。」
 へえ、と孟徳は上を見た。
 「こんな木、あったね。そういえば」
 「とても立派ですね。すごくきれい。」
 「どうして見たかったの?」
 花は顔を上げて一面の花を見た。花びらが光に透けている。
 「わたしの好きな花に木の感じが似ていたから、花も同じなのかな、って思って気にしていたんです。」
 「同じだった?」
 「違いました」
 花は、孟徳を見て笑った。彼は、緩やかに微笑んでいる。
 「わたしの知っている花は薄紅で、ひと枝にもっともっとたくさん花が一度に咲いて、一度に散ります。」
 「きれいなんだね。」
 花は瞬きして、笑みを濃くした孟徳をまじまじと見た。
 「どうして知っているんですか?」
 「君が好きなんだから、きれいなんだろうなと思っただけだよ。」
 何となく、花は顔を紅くした。その頬を彼の指が撫でて、離れる。
 「なんていう花?」
 「桜、って言います。そめい…よしの」
 「可愛い名前だね。」
 くすりと笑った孟徳は、目の前に落ちてきた花びらをいとも優雅につかみ取った。その鮮やかな動きに目を奪われる。
 「ねえ花ちゃん。君の世界で、好きな人を呼ぶとき、どういう言葉を使うの?」
 「え?」
 いきなりすぎる質問に、花は目を丸くした。考えながら答える。孟徳のことだから、何か深い意味があるのだろうけど、いまは分からない。
 「恋人、ってことですか?」
 「違う、好きな女性が男性を呼んだりする時に、名前じゃなくて使う言葉。こっちで言ったら、背の君、とか」
 せのきみ、と花は口の中で繰り返した。
 「わたしの国の言葉だと、カレシとか、あなたとか…うーん、あんまりないですね。」
 「君の国じゃない言葉なら、あるの?」
 相変わらず鋭い。花は頷いた。
 「ダーリン、とか、ハニー、とか、スウィート、とか…?」
 言っていて頬が紅くなる。孟徳が満足そうに頷く。
 「本当にそれは甘い言葉なんだね。君を見てるとよく分かる」
 だーりん、はにい、すいーと、と孟徳は何度か言って頷いた。
 「よし、覚えた。」
 「ええ? 孟徳さん、使う気ですか?」
 「うん」
 「恥ずかしいですよ!」
 「恥ずかしくないよー。だって毎回、可愛くて気だてが良くて一生懸命なすごく良い子の俺の花ちゃん、って言ってたら文若に殴られそうだしぃ。」
 「は、花でいいです!」
 声を高くした途端、強い強いちからで抱きしめられた。
 「これはね、術なんだ花ちゃん。」
 「じゅ、つ…?」
 熱い息が耳を掠める。抱きしめる腕が震えているような気がする。
 「確かに本は無くなったけれど、君がいつ何の弾みで消えてしまうか、俺には見当もつかない。」
 「わたしはここにいます!」
 花は全身で叫んだ。それでも、腕の力は緩まない。
 「うん、ありがとう。知ってるし、信じてるよ。でもね、俺は卑怯だから、君が元の世界へ行ってしまっても、君がその言葉を使うたびに俺を、俺だけを思い出すようにしてしまいたい。」
 花は口を開けて、また閉じた。ぎゅっと瞑った目の端が熱くなる。
 「ごめんなさい」
 「…ここは花ちゃんが謝るところじゃないと思うけど」
 苦笑する気配とともに、腕の力が少し緩んだ。
 「馬鹿、って言ってよ。」
 「言いませんよ! わたしがひどいこと言ったから謝ったんです。だって孟徳さんは桜を知らないんだから、わたしのほうこそ…」
 そこまで言って、花は口ごもった。
 ふと、思い出しただけなのだ。そして、孟徳に教えたくなっただけなのだ…自分が大切にしていたものの代わりに、この木を得たことを。
 孟徳の腕が離れていく。彼の唇は彼女の額に一瞬触れた。誤解させたのかと思って見つめた顔は、泣きそうにも、嬉しそうにも見えた。
 「俺は本当に馬鹿だな。」
 「だからそれは」
 「もう君を丸ごと抱いていたのに、まだ嫉妬することがあるんだからね。」
 嫉妬、とはどういう意味だろう。小首をかしげる花の髪を、孟徳は一筋指に絡め取った。花が赤面してしまうほど、恋人の笑みは甘くなっていく。
 「でももういいんだった。君は、きれいだって言ってくれたんだものね。」
 孟徳は優しい手つきで、花を立たせた。木を見上げる。
 「花ちゃんはこの木をきれいだと思ったから俺に、君の知るきれいな話をしたいと思ってくれたんだよね?」
 「そうです!」
 孟徳と居る世界をけなすつもりなんて、これっぽっちもない。不必要に嘆くつもりもない。大きく頷いた花に、彼は子どもっぽい満面の笑みを見せた。
 「うん、ありがとう。…じゃ、部屋まで送るよ。」
 「はい」
 孟徳は悪戯っぽく笑いながら、手を差し伸べてくる。
 「はにい、がいいかな。それとも、すいーと?」
 「だから、花でいいですってば!」
 言い返しながら、花は孟徳の横に並んだ。両手で彼の手を握る。見上げた横顔が笑っていて、花は安心して孟徳の腕に寄り添った。



(2010.4.19)


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