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のんびり更新ですが、よろしくお願いします。
目を覚ます。
部屋はとても静かで、孟徳はゆっくり瞬きした。首をめぐらすと、妻の寝顔が見えた。
おとといまで少し熱があるとかで寝所を別にされていたので、そっと息を殺す。彼女の寝息をさぐるが、とても深くて乱れもない。額に指先を乗せても、眠っている時の少し低い体温しか感じ取れない。明けきらない暗がりで彼女の寝顔を見透かしていると、若い頃みたいだな、と思う。
おんなを知り始めた頃は、共寝をした女がどうしてああも穏やかに眠るのか分からなかった。すべてから開放されてうれしいというような穏やかさが、孟徳の冗談に笑い転げ指先に目を潤ませる生き物と同じだとはどうしても思えなかった。己も同じと割り切るまで間もなかったし、それ以後の色々な―そう、色々なことが女に多くを求めずにきた。
けれど、花はおんなの色を変えた。
いや、変えたのではない。さまざまな色を塗り重ねてきた自分をひっかいて、いちばん下にあったものをあらわにしたのだ。いまさら直視してもどうにもならないと思っていたそれを、どうにもならないけれど厳然としてそこに在るのだと容赦なく指摘しただけだ。年齢を重ね狡猾にかわしていた怠惰を暴いただけ。この年齢でそんな自分に向き合うことになるとは思いもしなかったけれど、ずいぶん面白いと思うのが己の救いがたいところかもしれない。
花が寝返りをうってあちらを向いた。伸びた髪が流れてなだらかな肩の線が見える。少し肌寒くなったからと、「あちら」で着ていた寝巻きを着てもいいかと昔、問われたこと思い出した。体の前で合わせて帯を締めるのではなく、上からかぶるかたちの、まるで袋に切れ目を入れてかぶったようなそれは寝乱れた姿さえ楽しみにしていた彼には首肯できるものではなくて、様々な言い訳を並べて却下した。…いまはもう、起きたときにそんなに寝乱れてもいない。妻としてそう日も浅くないし、彼女もそんなに思ってはいないだろうが、その身に確かに、ここでの日々は積み重なっている。
彼女の寝顔が見えなくなって孟徳は苦笑した。そろそろ起こす頃合だろう。
肩肘をついて、後ろから花に覆いかぶさるようにする。
「はなちゃん」
ん、とも、うう、ともつかない声がやわらかい唇から漏れた。
「朝だよー。」
頬を食むように口付ける。花の眉間がきゅっと寄せられた。
「はーなちゃん」
果肉を口の中で転がすように呼ぶ。
花の体がもういちど寝返りをうった。孟徳はその他愛ない力を流して、仰向けになった。花がまるで抱きつくように彼の体の上に腕を投げ出している。うつ伏せのまま、のそのそと敷布を這うように動いた彼女は孟徳の肩に抱きついたところで止まり、薄目を開けた。
「おはよー、ございます…」
むにゃむにゃ、と言っているほうが近いような声に微笑む。
「ん、おはよ。」
うすい茶色の髪を撫でながら、ああ、いつもの朝だと思った。
(続。)
(2013.4.17)
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