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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆

この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。

 花文若さんと雲長さん。


 


 稽古をしているらしい。刀のきらめきが目を射る。その刃風が届かぬあたりで立ち止まると、相手が振り向いた。いつ見ても、男にしては惜しい艶やかな長い髪だ。それが絵のように靡く。花は礼をした。
 切れ長の目を分かりやすく細め、相手が自分を見る。しかしそれは平坦な眼差しだった。試すか探るかしそうなものだが、剛胆だという噂のまま、彼は平静だった。
 「雲長どの」
 「荀文若どのか。このようなところまでおいでになるとは。いかがなされた。」
 花は微笑した。
 「あるじの代わりにあなたを説得…なんていたしませんから、どうぞご安心ください」
 雲長は、唇の端をつり上げた。思わず漏れた苦笑、といったふうだった。
 「それは助かる」
 「諦めが悪くて申し訳ありません。」
 「あなたが謝ることではない」
 孟徳がさきの戦でとらえた雲長に、自軍に残るようにと強引な勧誘をし続けていることは、軍の内外に評判だ。執着する様子があまりに尋常ではなく、それが孟徳の威信を損なうとして雲長を殺そうとする輩さえ現れるほど。
 黙って立ち続けている花に、雲長は刀を構えようとした動作を止めた。
 「なにか、まだ用だろうか」
 花は微笑んだ。
 「また会いましたね。」
 雲長がすっと唇を閉じた。
 風が鳴る。彼は刀の柄を持ち直した。開きかけた唇を制する。
 「もう遅いのです。慎重なおつもりでしょうけど。よく言いますでしょう、目は口ほどになんとやら、と」
 まるで普通の世間話のように言う花に、長い沈黙のあと、ようやく相手の目が少し和らいだ。
 「あなたも、か」
 「ええ」
 この問答の重さはわたしたちしか分からない。
 雲長はまだ探るようにこちらを見ていたが、肩の力を抜いて目を背けた。急にその長身が縮んだように見えた。
 「俺はまだこの身だが、あなたはその身体だ。余計な面倒も多いのではないか?」
 花は袖口で口元を隠して笑った。
 「善し悪しです。駒の身に備わったことならばそのままに乗り越えられることも多い」
 「…強いな、あなたは」
 「おからかいになる」
 「まさか。そうだな、俺のところに、あなたと気が合いそうな者がいる。紹介できれば良かったが」
 「どんな方ですか?」
 「俺を始終、叱る。」
 苦笑はとても柔らかくて、そんな顔をさせる相手が羨ましいと思う。
 花は一歩、前に出た。彼が持つ刀の柄に手を添える。刀身は鈍く光って、目利きではない自分にも滴る血が見えるような素晴らしさだった。こんなものを持てたほうがどれだけ楽かと考えたこともあった。でも自分も、重いことのはで人を斬る。
 「いつ、返せると思う」
 陰々とした呟きに、顔を上げて見た彼の苦悩は、とても瑞々しい。そして、彼の後ろに広がる空は眩しい。花はゆっくり瞬きした。
 「この世界はとても魅力的で、あの本は素晴らしい魔物です」
 「魔物、か。そうだな」
 彼の唇の端の笑みは、自分以上に嘲るようだった。
 「そんな顔をしてはいけません」
 彼は無表情に自分を見返したが、やがて強いて浮かべたと分かる笑みを見せた。
 「官の方と話すといいくるめられそうで怖いな」
 花は緩く首を振った。
 「そんなことを、どうしてわたしが?」
 「…ああ、そうだな。あなたは…荀文若はそんな物言いはしないな。」
 自然と、口元が緩んだ。ふとよぎった喉の痛みは見なかったことにする。そうして、頭を下げた。その頭上をほとんど聞こえないような声が過ぎる。
 「あなたは、ともに来るまいな?」
 頭を下げたままゆっくり息をする。
 「ええ。わたしは、わたしの道とともに在ります」
 あのひとが見つけた「道」と同じ場所に在ることこそ、喜びだから。…そう言えるまでと思いながら、いつか自然になってしまった。それを、少しの悔しさとともに噛みしめる。
 「ずいぶんと仲が良さそうだな」
 隠すつもりもなく尖った声が背中から掛けられ、花は背を伸ばした。視界の端で、雲長が刀を持ち替えるのが見えた。
 「なんだ、俺のかわりに口説いてくれてるのか、文若」
 振り返り、そのひとの顔を見る。話すのが楽しいと思わせる目、楽しい答えだけを待つような口元、それと裏腹な、何をも圧するその衣。
 あのひとに行く先をくれたその人は、いまはただの男にしか見えない。
 「あなたの楽しみを奪ったりいたしません」
 「なにが楽しみなものか。苦労してるんだ、知恵を貸せ」
 「また、そんなことばかり。」
 彼女は深々と礼をした。
 「どうぞ、心ゆくまでお話しください」
 「へえ。お前が?」
 芝居がかって見えるほどきれいに、剣呑に細められた目が、自分を隅々まで洗っている。だから、微笑む。
 「ええ、滅多にありません」
 もうすぐ、彼は居なくなるから。彼が目指す人、彼の道へ戻るから、この程度の甘やかしはいいだろう。でも、これで彼がここから去ったら、このひとはわたしを疑うだろうか。
 …それが痛いと思うこの心は、あのひとに近づいたしるしだろうか。
 裾をさばいて傍らを過ぎる時、眼差しが追ってくるのを感じた。どちらのものかは知れなかった。



(2013.4.10)

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