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おつきあいいただき、ありがとうございました。
孟徳はそっと扉を開けた。燭が大きく揺らいで、消える。部屋に残るのは布越しの月光だけになった。いつもは冷たく思うその光は、部屋がよく温められているためにぬくもりをもって部屋に差し込んでいるように見えた。
その部屋のまんなかに置いてある卓に、花が突っ伏して眠っていた。
薄く綿の入った橙色の衣が背に掛けてある。孟徳は微笑むと手を振り、ついてきた護衛と侍女を引かせた。開けた時より慎重に、後ろ手に扉を閉める。
幼い寝顔をのぞき込む。指先で頬を撫でても、彼女はすっかり眠っていて、ぴくりともしない。くるむように抱き上げ寝台に下ろすと、花はむずかるように口元を動かしたが、すぐに寝息は穏やかなものになった。寝台を揺らさないように、端に腰掛ける。
職務上、孟徳が部屋に戻る時間は様々だ。だから自分を待たずに寝るようにと言ってはある。花も最初のうちは眠らずに待とうとしていたようだが、徐々に自分の時間で動き始めたようだ。
花ちゃん、と孟徳は息だけで呼んだ。彼女がまだ起きていたら言いたいことがあった。
猫が新品の組紐を首につけていた件だ。侍女は、孟徳に作る組紐の練習品だと言っていた。が、猫に先を越されたことに違いは無い。
確かに彼女は、猫の首輪よりきれいなものをくれるだろう。あの首輪を作る時だって自分に似合うものは何色かとずっと考えていただろう。
それでも、嫌だった。度しがたい。それを楽しみたいと思う余裕を時折忘れる。…自分らしくないなんて、若造のように思うことだ。孟徳は微笑って、腰を上げた。
隣室に行き、侍女を呼ぶ。彼女たちは花とは比べものにならない手際の良さで孟徳の衣を替えた。暗い部屋に戻り寝台にすべりこむ。足を抱き込むように背を丸くして眠っていた花がちいさく呻いて身体を伸ばし、孟徳に身をすり寄せた。その頭を抱き寄せる。
(花ちゃん)
紐を欲しいって訳じゃないよ。君ならさらっと間違えそうだけどね。
君がくれるものならなんでも欲しい。欲しいだけだ。そう、君が酷い怪我をしたあの一件で、君が本当に俺を裏切っていたとしても俺は君がもたらすものに夢を見るだろう。斬ることも焼くこともできずに君を閉じ込め、朽ちる自分を見るだろう。
だから君が示す輝くものはすべて欲しい。それは恐ろしいものでもあるけど、ほら、君がくれるものだからね。
花ちゃん、花ちゃん。
世の中にかわいい子も楽しいこともそれなりにあって、それをちょっとづつ食べられればもうあとはそんなものかなって思ってたんだけどね、俺はどうもそれじゃだめになったみたいだ。
俺は知りたいんだ。君が示したものが、俺が見つけたものがどこにいくのか、どう変わるのか。
俺はここで君を手放したほうがいい気さえ、する。あんまり君のことを好きな気がするから。まあできはしないんだ、そんなふうにはできていない。
これが崩れてしまっても俺はそれを美しいと思うのか、爛れてしまってもきみは笑って差し出すものがあるのか。それとも本当にこれは暖かいままに生きていくのか。
…ああ、止めよう。花ちゃんをただ抱きしめていられる夜にこんなことばかり考えても仕方ない。
おやすみ、花ちゃん。…また明日、俺と。
※※※
…?
あったかい。
ああ、もうとくさんだ。
駄目だ、目が開かない。おかえりなさいって言いたいのに。
孟徳さん。
昼間何があっても何を考えていても、こうしてあなたが帰ってきてくれて嬉しいんだって、どう言ったらいいのかな。大好きって思うより温かくて、愛してるっていうより知っている気がするのに。眠いからかな、よく思い出せない。…でもとにかくわたしね。
おかえりなさい、孟徳さん。
何度だって、お帰りなさい。
(終。)
(2013.5.22)
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