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「孟徳さん、鳥です」
花が指さす先を見ると、蒼い空を三角に切り取っていく鳥の群れが見えた。夕暮れがやって来ようとしている、いくぶん白さを増した空にその群れはくっきり浮かび上がっていた。
「ああ、もう最後の群れかもしれないね」
孟徳は空ばかり見上げる恋人の首に巻かれた毛皮を直してやった。花が瞬きして笑う。
「あったかいです」
「うん、良かった」
「孟徳さん、こっちではああいうのに乗って飛ぶお話はないんですか?」
「鳥に?」
小柄な体を抱き寄せる。白鳥の羽毛を裏打ちした衣は柔らかく、温かさをより淡い感触にする。この衣も彼女に習った。習ったなどという大げさなものではない、自分は彼女の話をいつもどおり聞いていただけだ。花はきっと、この衣はここの物と思っているだろう。
「鶴に乗って飛ぶ者はいるって言うよ。」
「鶴」
花が目を丸くする。
「わたし、鶴は動物園でしか見たことがありません」
「そう? 今度、献上されたら見せてあげる」
「はい。」
「花ちゃんの国では鳥に乗って人が飛ぶ?」
「そういうお話はあります」
くすぐったそうに花が笑った。
「椅子をたーくさんの鴨で吊って貰って浮いたとか、雪は空に住むがちょうのおばあさんが羽をむしるからだとか、鳥に悪いことをした子どもが小さい姿にされて旅をしたりとか。」
いつも思うが、彼女の「お話」には畏れるべき圧倒的な何かがいない。自分と同じ背丈の物ばかり並んでいるようだ。孟徳が操作し続けている、こちらの人々の心に巣くう圧倒的な「何か」への畏怖がない。
彼女とて、「お守り」の存在を知っている。けれど「けいたいでんわ」に付く鈴をただの装飾品としてしか考えていない。「何か」の声であり、「何か」を呼ぶものとは考えない。あれを彼女が持つことこそが、己には畏れであり異界の確かな存在を示すものであるのに。
だがそれゆえに、この他愛なさは美しい。
「面白いねえ」
あ、と、花は面白いことを見付けたように孟徳の顔をのぞき込んだ。
「できそう、って思いませんでした?」
「うーん、どうかな」
実現できそうなのは鴨の男だ。鴨を集めるのも人を募るのもこの指先ひとつだが、この少女を喜ばせるだけなら誰も是と言うまい。それに、それだけの手間をかけてのちのち何かに生かせるかと言えば難しい。
自分の為になって、しかも彼女を喜ばせられること。
「ねえ、そのうち、花ちゃんの話を書き取ることを本格的に始めたいんだ」
孟徳の腕の中で、花がまたきょとん、とした。
「わたしの話を?」
「うん」
「え、でも、わたし正確に覚えてないですし」
「俺にとっては花ちゃんの話がすべてだ」
「うええ、すべてとか言われちゃうと困るんですけど…」
花は少し考えるような目をした。
「何に使うんですか?」
「俺が読んで、話してる花ちゃんを思い出してにやにやするの」
真面目に言ったが、彼女は呆れたような顔をした。
「わたし、いつでも話すのに…」
「うん、分かってる」
「それでも、ですか?」
「だって、離れる時があるでしょ?」
戦とか、と内心で思うが、花はどこか果てまで思考を巡らせてしまったらしい。神妙な、寂しそうな表情をして孟徳を抱きしめ返した。わざとそういう言い方をしたのは自分だが、彼女はどこか切ない表情のまま、孟徳に抱きしめられている状態で最大に頭を下げてみせた。
「分かりました、頑張ります」
「うん、よろしくね」
おのれのためだけの世界を握る娘。目に見える場所がすべて、為さねばならぬ事柄としてしか見えない者には、ぽかんと開けた彼女だけがとても鮮やかだ。
「あ、また」
鳥が今度は一羽、ゆっくりと羽ばたいて横切っていく。
「何の鳥でしょうね」
「うーん、ずいぶん大きな鳥だね」
「気持ちよさそう~。」
瞳を輝かせる彼女の望む先に鳥が行けばいいと思った。
(終。)
(2011.11.18)
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