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孟徳さんと花ちゃん…ですが、文若さんのおいごさんというオリキャラさん出ずっぱりです。
おもいでがえしにばっちり対応しています。
おじ上は、わたしの知る限り大変に『かたい』。
それはわたしだけの見解ではないので、さして目新しくもない。ただ、それが変化する瞬間を目の当たりにした者は少なかろう。
ここにひとりの娘が居る。いや居たと言うべきだろう。様々な経緯で、我らが主君の想いひとにおさまった娘だ。よく動く大きな目が印象的なだけの、凡庸な娘だ。しかし珍妙なものの考えをする娘で、それに触れた者は二度と忘れまい。だから敢えて、居る、という表現をしよう。今でも、収まったとはどちらの側かと、ひとり思っては笑みを浮かべる。少なくとも、すべてを手にしたように見えたあるじが執着した者だ、そう凡庸であるはずがない。
そのあるじが亡くなったとき、おじ上は様々なことを取り仕切った。葬儀向きだとずいぶん昔に揶揄されたその顔をよりいっそう陰鬱にして、そのせいであたりの空気まで冷えると陰口を叩かれていた。だからという訳でもあるまいが、おじ上は彼女のかたわらには近づかなかった。少なくてもわたしの知る限りでは、言葉を交わしていない。夏候将軍は何くれとなく気を遣い話しかけているのを見た。いつものようにあの大きな身体を縮こまらせて彼女と話す将軍は、妙に可愛らしいと思った。
彼女は、どうしていいか分からぬふうだった。怒号のような涙に満ちた場所から、気づくといつもいなくなっていた。そうしてひっそりと、東屋に腰を下ろしていた。茶をふたつ用意して、誰も座らぬ向こう側に置いた杯をじっと眺めていた。
あれが彼女の悼み方なのかと思った。たっぷりと水を満たした杯を零さぬよう歩くに似た、そんな慎重さが彼女には見えた。あの方の紛う方なき愛情、我々にとっては時折素晴らしい騒動の種となった愛情を、子どもっぽいはにかみで受け取っていた彼女。それをひとつひとつ思い出し、また我が身を満たしているのだろう。わたしはそう、思った。
葬列を送るとき、彼女はわたしにも挨拶に来た。ほとんど通りすがりの、型どおりの言葉しか返せなかったように思うが、彼女がいつまでもおじ上を気にしていたことを覚えている。
文若さん、捕まらないですねと彼女はどこか安心したふうに言った。
「おじ上ならそのあたりにいると思いますが」
まるで、ふらふらしている猫をさすような言い方が可笑しかったのだろう、彼女はかすかに笑った。その表情は、自分が覚えているよりも年齢を重ねた女性に見えた。彼女は確かにひとの妻であったのだと思った。
「いいんです。文若さんはいつも忙しいから、邪魔したくありません」
「邪魔などと」
「文若さんはずうっと忙しいから。――忙しく、してしまったから」
声はとても低かった。故人の代わりに謝るような、いとおしみのこもった口調だった。一礼とともに、彼女は宮から去っていった。
世は変わった。あとを継いだ方は、あの方ほどの大きさはないけれども、あの方の残したものを過たず拾おうとしている。そこでおじ上は変わらず、新しい世を支える柱のひとりとなっている。わたしもその一角に居る。
近頃はどういう心境の変化か、おじ上は政務のあいだにきちんきちんと休憩を取るようになった。おじ上のことだから、黙って茶を飲んでいるか、政務の話をしているだけだ。だが、よい茶は確かに美味しいので、気詰まりだと嘆く人々を押しのけ、わたしが相伴していることが多い。
秋の終わり頃だったと思う。花の香りのする茶が用意された時のことだ。おじ上は、これは花が好きだったなと呟くように言った。
「なるほど、女子が好みそうな茶ですからね」
「そうか。そうかもしれんな」
おじ上はゆっくり杯を揺らした。
「花殿はいまどうしているのでしょうね」
おじ上は目を細めた。
「何とかやっているだろう」
「おや、たいそうな信頼だ」
おじ上は決まり悪げな表情になった。小さく咳払いする。
「あのお方に拾われたくらいだ、運は良かろう」
そのあとの諸々を身をもって知ってなお、そう評するおじ上を微笑ましく思う。
「そうですね」
おじ上は静かに杯を置いた。
「かなうならば」
声はとても小さかった。
「あの娘の故郷まで、旅でもしたかったが」
少し嗄れた声は、隠しようもなく揺れていた。おじ上が彼女に関して語ったのは、それが最後だ。
わたしが感じていたのと同じことをおじ上も感じていたのだろう。小さい手が宿す無償の微笑みと、あどけない信頼はわたしたちの世界では恋人のみに向けられるものだ。だから不意打ちをくらえば、深く刻印される。むしょうに、ただ幸せであれば良いと願うようなあどけなさを、彼女は我々にくれた。だからあるじだったあの方との騒動さえ懐かしく思い出されるたび、わたしは願う。彼女が幸いにたどり着いているように、豊穣だけが彼女を抱いているように。
そのたびに、あの方をただの愛しさに導いた彼女だから大丈夫だろうと、わたしは微笑む。
(2013.12.5)
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