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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 孟徳さんと、花ちゃん。婚儀後です。




 花は木の下に立っている。薄紅の長い花弁が特徴の花が、ようやく咲き始めた。今年は天候不順でずいぶん寒い日があったので、咲かぬまま落ちてしまうのではないかと思った。
 「花さま」
 ひとりの侍女が囁くように言って花は振り返った。近頃付いたばかりの若い、というより少女のような侍女の手が、緊張に震えながら白い肩掛けを差し出している。
 「ありがとう」
 花は言って、素直に肩掛けを羽織った。顔を紅潮させて引き下がる少女に微笑みかける。やっと、これくらいのことは自然にできるようになった。侍女を引き連れて歩くことを好まない花のために身近な侍女は常に四、五人だが、顔ぶれはよく変わる。
 「いつ満開になるかなあ」
 花の独り言に、しばらく前から付いている丸顔の侍女が小首を傾げた。
 「わたしの父は、この頃は三年前と同じように寒い日が続くと申しておりました」
 彼女の父は学者だったはずだ、と花は思い返した。答えが返らないのは色事だけと、ずいぶん開けっぴろげな評価をこの娘から聞いている。
 「そういう年はどうなるんですか」
 「夏でも気温があまり上がらないそうです。」
 花は小さく息をついた。花弁に触れようとしていた手を袖の中にたぐる。花のことばかり気にしていた自分が情けない。
 孟徳の妻となってから、めまぐるしく、ただ必死な日々だった。しかしそれも、ものにできているかどうか。夫は色んな物事を併行して考えていけるので、花が季節の挨拶をしてもその奥に、いま侍女が言ったような情報が山と積まれているのだろう。決してあからさまではないが、夫が上の空になる時は少しの間であっても分かってしまう。これはもうどうしようもない。
 「花さま」
 今の侍女たちの中でいちばん朗らかな笑い方をする娘が、期待に満ちた目で花を見つめた。
 「何かまた、楽しいことをお考えですか」
 たしなめるように彼女の袖が仲間の侍女に引かれる。僅かに不服そうに引き下がった彼女に、花はくすくす笑った。こういう反応を見ていると、どこでも変わらないなと思う。クラスメイトとの会話もこうだった。一日が過ぎれば忘れてしまうような内容なのに、ずいぶん面白かったような気がするのだ。
 「楽しいことだといいな」
 詠うように言えば、侍女たちの瞬きが早くなった。
 「花さまの思いつきはいつも楽しくて。この前の冬に、雪の上に小さな燈篭をてんでに置いた景色はとても美しゅうございました。見慣れたこの庭がまるで天上のもののようになりましたね」
 うっとりとひとりが言えば、可笑しそうにもうひとりが笑う。
 「あなた、あの夜に口説かれたから余計にそう思うんじゃない?」
 「ええ!?」
 花が目を丸くすると、うっとりしていた娘は顔を真っ赤にして、暴露した小柄な侍女を袖で叩いた。
 「花さまの前で!」
 花は胸の前で指を組んだ。
 「良かったですねえ~。文若さんには、この冬空にわざわざ寒いところに出て何が楽しいんだって言われたけど」
 娘達は顔を見合わせ、忍び笑いを漏らした。それはほんの少しの優越を含んでいかにも邪気がなかった。
 「では今度は、あの方にも楽しめるような催しにいたしましょうか」
 「まあ、難題」
 「あら、そんな風に言っては」
 また、気を揃えたようにくすくす笑いが漏れる。
 「楽しそうだ」
 それは柔らかい声だったが、侍女たちは一斉に背を伸ばし声のほうに向き直って膝をついた。花は瞬きした。
 「孟徳さん!」
 「やあ、俺の可愛い奥方さま。何の相談?」
 差し出された手を握る。花が背伸びして彼の背後を見ると、孟徳は苦笑した。
 「誰もいないよ。」
 「え? いえ、あの」
 「今日は仕事はおしまい。」
 花は顔を輝かせた。午後が夕方にならぬうちに彼が解放されるのは珍しい。孟徳は苦笑を深くして花を膝から抱き上げた。上体が不安定になるからどうしても彼にしがみついてしまう。しがみつけば彼の腕の逞しさと、褥の時とは違う肌の感触、体温で変わっていく香りが否応なしに迫る。そういう些細なことが分かってしまう自分に、まだうろたえる。
 「やれやれ、俺は奥方さまにそんな顔をさせるくらい放っておいたかな?」
 花は慌てて孟徳の顔をのぞき込んだ。機嫌を悪くさせたろうかと思ったが、彼は楽しそうに花を見返した。そうして、にこりと笑った。
 「嬉しいな」
 「どうしてですか?」
 「だって、花ちゃんが俺に会えて嬉しいから」
 自分で分かるより早く真っ赤になった顔に、孟徳がまた笑う。
 「何を企んでたのかな、うちの蝶々たちは」
 花は孟徳の肩を叩いた。
 「それより、下ろしてください」
 「やーだ。教えないと下ろしてあげない。」
 小さく息をつき、花は孟徳のつむじを見た。優しい声だけれど、こういう時は叩いても許してくれないのだ。
 「文若さんがどうしたら喜んで宴に参加してくれるか、です」
 早口に花が言い終わるか終わらないかのうちに、孟徳は何とも言えない顔で彼女を見上げた。
 「花ちゃん、いきなり難題に挑んでるね」
 あれ、と花は思った。いつもなら、文若のことを考えてるなんてとか泣き真似をされるのに、今日はずいぶん機嫌がいいのだろうか。それとも、解決できない難題だと思っているのか。
 「やっぱり難題です…よねえ」
 「難題だよ! っていうか、俺はそんなこと考えるのをもうずいぶん前に止めたよ。まあ、すごくお金を掛けるつもりなら茶の産地当ての会とかね。」
 「でも、そんなことを考えてる暇があったら手習いをしろ、って叱られますかねえ…」
 「そうそう。だから花ちゃんは文若のことなんか考えるのを止めようね!」
 すとんと下ろされた花は、孟徳の顔をしげしげと見上げた。そうして、笑い出した。
 「孟徳さんはすぐそういう顔をするんですから」
 「どんな顔?」
 ちゅ、と頬に彼の唇が触れる。くすぐったさに花は首を竦めた。
 「教えません」
 楽しげに彼が笑った。
 花が咲いたから一緒にお茶をしたいなんてこと、ずいぶん後になってなんとなく思い出せる景色、それくらいでいい。だって、わたしとこのひとの間だったら、できなかったことだって楽しく話せるはず。自分がまず考えなければならないのは、それではないはずだ。そう思うと頭の中の文若が頷くので、花も内心で頷き返した。
 花は孟徳に笑いかけた。
 「お茶にしましょうか」
 「それより花ちゃんの膝枕!」
 「お休みですもんね」
 花が手を引くと、孟徳はまるで子どものように手と花を見比べ、笑った。



(2011.1.25)
 

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