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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
(ループが浅い頃。かも。)
文若は、ゆっくりと茶杯を地面に置いた。緋毛氈ではないが、厚手の織物は座り心地がよく、陽が肌寒い今日も温かく居られる。室内よりも様々な匂いがするから肝心の茶の香りが薄まる気はするが、これはこれで悪くない。侍女はしきりに、彼女をひとりにすることを懸念して立ち去ろうとしなかったが、彼女が頑として折れないのを見るとようやく下がっていった。孟徳からよく言い含められているのだろう。過保護で甘やかしなあるじは、子どものように闇雲だ。
目を上げれば、広い空に雲が流れていく。この広さにもいつか馴染んでしまった。彼女は掌を見た。武官ほどではないにしろ、仕事のあとが見える手になった。自分の知る空が切り刻まれていたように、己の手も幼かったものを。
「こんなところでなにをしてる」
囁きと共に背後から抱きしめられ、彼女は微笑んだ。甘いような強い香に締め付けられ、茶の香りが薄くなる。
「茶を飲んでおります」
「地べたで?」
「ええ。」
「俺を呼ぶとか考えないの?」
ふふ、と花は微笑んだ。
「丞相はご用繁多でございますゆえ」
「それくらいの隙は作るさ」
「堂々とおっしゃらないでください」
振り返ると、悪びれない笑顔にぶつかった。文若がゆるりと袖を上げると抱擁は解け、孟徳は彼女の傍らに座った。
「どうした、こんなところで」
「空がきれいなので」
孟徳に微笑み返すと、大げさなため息が返る。
「確かに空は晴れているけどね。」
横を見ると、ひどく心配そうな顔があった。じっと見つめると、またため息をつかれる。
「なんでしょう」
「いつもは俺が逃げるのに。お前が居ないものだから俺が探してしまった」
彼女は居住まいを正した。
「急ぎのご用ですか」
「違う違う。逃げたのに誰も追ってこないから」
花は目を据わらせた。
「…いい年齢の大人の言うことでしょうか」
「可愛い子に追いかけて貰えるのは何歳になっても嬉しいものさ」
「ならばこの次からは、元譲殿麾下の選りすぐりの者をもって追わせることにいたしましょう」
「やだよ!」
「逃げなければ済むことです」
「それより、俺に茶をくれないのか?」
彼女は長いため息をついた。
「…杯がひとつしかございません」
孟徳はゆっくり目を眇めた。
「あれは?」
草の上に置かれたままの杯を指さす。花は手の中の杯を見つめ、眼を細めた。
「あれは相手が居るのです」
「何だと?」
花はくすりと笑った。
「怖い声を出さないでください」
「お前からそんな面白くない冗談が聞けるとはな」
「冗談など、わたしがいつ言いましたか」
不機嫌な孟徳から目を逸らす。
「この古い宮のそこかしこと同じように、ここにも若い娘がおります」
指さす先は、彼には見えないだろう。だからわざと言った。孟徳の眉間に皺が寄るのを面白く見る。
「とても豪華で仕立ての良い衣に重そうな髪飾りを付けた娘です。でも足には鉄の枷が付いております。肩に鳥を止まらせて、白い頬に涙が流れるばかり」
文若の唇が手荒に塞がれた。息が苦しくなるほど長い口づけを、彼女は身動きせず耐えた。気づくと引きずり込まれそうになる、なんて上手なんだろう。唇を離した孟徳は支配者の目で彼女を見据えた。
「もう一度言ったら斬る」
文若は袖で口元を覆った。
「男女のいさかいで斬ったと公言してくださるなら」
「…文若」
「あなたにそんな顔が許されるとお思いですか。わたしを捕らえた癖に」
孟徳は緩やかに微笑った。
「俺は欲しいものは我慢しない。また誰に許される必要もない」
「お名にふさわしい言い様」
「優しいだろう?」
「丞相の優しいとは何を指して仰るやら、わたしには皆目見当も付きません」
「俺の張子房」
刹那、孟徳の頬で乾いた音が鳴った。彼は慣れた様子で、横顔で苦笑した。
「久しぶりだなあ、こういうの」
「次はひっかきます」
「それはよくやられる」
「では刺しましょうか」
「まだ俺から紅い血は出るかな」
「そういう物言いは嫌いです」
「困ったな」
しなだれかかるのを受け入れるでもなく、押し返すでもなくただ座っていると、孟徳も何も言わなくなった。
頭上で風が鳴る。
彼には見えない。杯のかたわらをぼんやりと歩いて行く娘、孟徳好みの衣と装飾品で飾り立てた『花』の姿は見えない。永劫、見えなければいいと吐き捨てるように思う。
あれはいつの自分だろう。
異なる環の自分か、それともこの環の未来か。苦痛か愉悦か分からぬまま、己も泣くようになるのか。川面の霧のようになよやかな後宮のあるじを羨むようになるのか。
ただの花ならば、良かったと。
拳に手が添えられて、爪が食い込むほど握りしめていたことを知る。こういう機転の利き方が嫌いだ。
「文若には嫌われたくないなあ」
いつか慣れてしまうのか。この身の咎を責めるより先にこのひとの指を乞うような、このあやふやな気持ちにも慣れるのか。
彼女はかたわらを見た。それを知るように目を上げた男に微笑む。
…ならばわたし以外を乞わないでくださいと、言ってしまいそうになる。
憎しみの一滴すら入れられないふがいないわたしを、溺れさせて下さい。いびつな姿のまま、この環を閉じることにしましょう。何という、人そのもののように思い通りにならぬ環。
孟徳は、促すように優しげに眼を細めた。視線を逸らし、立ち上がる。
「あれ? 茶は入れてくれないのか?」
「元譲殿がお迎えです」
庭の向こうで、苦虫をまとめて噛みつぶしたような表情で立つ大柄な姿を掌で示せば、孟徳は長いため息をついた。
「…知ってたのか」
「普段の行いのゆえでございましょう」
孟徳は立ち上がって大きく背伸びをした。
「じゃあ、あとでお前の執務室に行く。その時には茶をもらうぞ」
彼女は無言で礼を取った。毒を入れれば露見してしまうあなた相手にいったい何を入れればこの空虚が知れるだろうと思った。
(2012.1.20)
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