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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 
 『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 
 
 (流れは、幻灯 8→11→13となります。なお、特に どろり としています。ご注意ください。)
 



 
 
 
 文若は扉を押した。灯りもない暗い部屋に、白く人影が浮かび上がっている。その顔が彼を向いた。
 「どうしたの」
 純粋に不思議そうな声に文若は深く礼を取り、足音を潜めて寝台のかたわらに立った。積み上げた白い枕にもたれ、薄桃色の寝衣をまとったしなやかな肢体が横たわっている。
 同僚たちが、あるじの女らしさを批評するたびにおぞましかった。彼にとって、自らの理想を体現してくれるなら女でも男でも良かった。たまたま彼女は女のかたちをしていただけだ。そう思っていた昔をいまは他人事のように感じる。
 「呉の都督殿がお見回りくださっております」
 「知っている」
 孟徳はふふ、と笑った。
 「まるで彼の水軍が起こす波のように、彼の香りがこの部屋を取り巻いている。…どう、彼は美しかったでしょう?」
 文若は細い細いと彼女にからかわれる目をさらに細くした。孟徳は夢見るように言った。
 「腰に玉をちりばめた剣をはいて、贅を尽くした、しかしさりげない衣をまとったあの美貌を、かぼそい月が照らして。まるで絵のよう」
 「ご覧になりましたか」
 「いいえ? 分かるだけ。きっと彼ならそうするだろうと分かるだけよ。でも彼は扉を叩きもしなかった。」
 孟徳は少しふて腐れた顔で枕に頬杖をついた。
 「彼はわたしなど望んでいないのね。彼が欲しているのはわたしの風評だけ。」
 「風評」
 「わたしが二国の重鎮をその躰で動かしていると広めたい。そのためのこの強い香り、そしてこれ見よがしな美々しさ。玄徳はたいそう怒るでしょう」
 「丞相には今更のことでしょう」
 「そうだね。あのひとはわたしを嫌うことが目的のようだもの」
 彼女は笑い、腕を伸ばして文若の眉間をつついた。
 「あなたのこの皺は、誰に対して?」
 「…誰も彼もです」
 「わたしも?」
 「あなたもです。」
 文若はいちど唇を噛んだ。
 「あなたは何故、すべてが終わったかのような物言いをなさるのです」
 孟徳が子どもっぽく首を傾げた。
 「どうしたの?」
 「わたしは丞相こそが漢王朝を存続させる方と見込んでお仕えしました。そして丞相は見事にそうなさった。すべてこれからではありませんか。なぜあの都督殿を引き込んでまで、御身を終わらせようとなさるのです」
 「文若」
 戸惑うような声を押し切り、文若は孟徳を見下ろした。
 「都督殿をお召しになることが度重なれば、呉の太守が黙ってはいない。都督殿に、自分か丞相のどちらかを選べとお命じになるでしょう。そこで都督殿は仰る、すべては丞相を暗殺するために起こした行動だと。そして都督殿は丞相を殺害しようと部屋にやってくる。…いえ、その策などどうでもいい。あなたがそれをお望みであろうと思ったまでです。違いますか」
 孟徳はしばらく黙って文若を見上げていたが、やがてくすくすと笑い出した。
 「文若」
 「笑い事ではございません」
 「わたしの、張子房。」
 久しぶりに聞いたそれはとても優しく、文若は絶句した。
 「怒っているね」
 「無論です。心を守れ、などと。本心であればなおさら、ご免蒙ります」
 「ひどいなあ」
 「ひどいのはあなたです、丞相。死ぬなと仰るくらいならば、生きてください」
 「困った」
 彼女は自分の髪を一筋、指に巻いた。巻いては解くその動作を、何度も繰り返す。文若はその手をさらうように掴んだ。彼女の視線が上がり、ぶつかる。
 「わたしは融通がききません」
 「知ってる」
 困った子、というように彼女が微笑んだ。
 「見えるものしか分かりません」
 「そうね」
 「あなたの心というなら…せめてあなたの子をください」
 孟徳の目が見開かれ、その唇が震えた。何度も口づけたそれが、この暗闇で紅く見える。自分がそれを見て取れるほどに平静なのか、動揺が過ぎて何もかも見てしまうのかは分からない。ただその言葉が、彼女の何処かに何かを打ち込んだことは分かった。そのまま、細い手首を捕らえて枕に押さえつける。
 「…何もかもを」
 (こんなことを言うつもりはなかった)
 「何もかも奪っておきながら、なぜ」
 (ただの気まぐれで良かった)
 「なぜそんな風にすべて置いて逝こうとする…!」
 (なぜ)
 言いたいことはこんなことではない、とどこかが叫ぶ。ただ、それきり動けない。
 彼女の瞳の端から、涙が一筋だけ溢れたから。そうして彼女が、微笑したから。いつの間にか緩んだ手首から、白い腕がすいと抜かれて頬を撫でる。
 「置き去りにされていくだけと思っていたの」
 その声が優しいのは、もうこの世に居ないからだろうか。
 「なのに…なのに、どれだけあなたたちはわたしを愛してくれるの? どうしてそんなに愛してくれるの」
 からからに喉が渇いている。
 「あなた、だからです」
 「だからわたしは思ってしまう。次こそは違うかもしれないと、次こそは、次の夢こそは、わたしは手に入れるんだって」
 彼女の顔が、幼く歪んだ。大きな涙が盛り上がった瞳は、子どものようだった。
 「でも、文若さんがここに居るのも夢じゃないんですよね」
 聞き慣れない呼称を問い返す前に、きつく抱きつかれて寝台に倒れ込む。耳元でしゃくりあげる声が、しきりに謝っている。ごめんなさいごめんなさい、と幼い声が震えている。
 ぎこちなく手を上げ、髪に触れる。細い体は震えたが、泣くのは止まらなかった。そのまま彼は子どもをあやすように、女の髪を撫でていた。
 
 
 
 朝靄だ。
 文若は後ろ手に扉を閉めて目を細めた。
 ずいぶんと珍しい。朝を厭うあるじの心に天も従うかと思った時、何かが耳に届いた。
 琵琶だ。嫋々と、明け切らぬ光に漂うにはあまりにも艶やかな音色。彼が立っている扉の向こうに、足音がした。
 「――呼んでいるわ」
 扉越しに、夢見るような声が届く。
 「どうぞ、お身のお支度を」
 「ねえ、呼んでいるわ。」
 囁き声は繰り返す。
 「きっと彼は追いかけてくる。憎むなら憎むだけ、愛するなら愛するだけわたしを求めることを止めない…だって、ああして呼んでいるもの」
 夜はおさなごのように泣いていた女が、いつもの声に戻っている。
 「わたしたちは炎の中に居るしかないのだと、呼んでいるわ」
 衣擦れが遠ざかる。朝靄はゆっくりと動いていき、それにつられるように音が消える。
 「諦めません」
 文若は歩き出した。
 
 
 …そして彼女は、緋を纏う。
 
 
(2010.12.11編集)
 
 

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