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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 幻灯15・18・20と同じループっぽい。
 
 

 
 
 
 彼女は大きくため息をついて、前に置かれた琵琶を見つめた。
 よく磨いた明るい茶の木肌に極彩色の鳥が憩う、実に華やかな楽器だ。貝や金属の装飾がない代わりに絵は緻密に描かれている。
 「…困った」
 彼女は、指を伸ばして弦を弾いた。まだ弾きなれない、硬い音がする。それから、横に並べてある古い琵琶を弾いた。こちらは実に深みがある。彼女は苦く笑い、琵琶の前に座った。
 「伯符ったら、聞かないんだから」
 立てた膝の上に頬を寄せ、新しい琵琶を見る。
 彼がそんなことを言い出したのは初めてだった。警戒する間もなく、これが贈られた。次の宴にはこれを弾かなければなるまい。彼女は深く息をついた。手を伸ばして古い琵琶を膝に乗せ、その首を柔らかに撫でる。
 「わたしはお前がいるのにね?」
 これだけが、わたしとともに「公瑾」を知る。あの美しく剣呑な、しかし寂しいひと。そのこころを託していた音色。あの音にはまだとうてい及ばない。わたしがあのひとに勝っているとすれば、ただこの悔恨だけだ。彼女は一瞬きつく、歯がみした。
 琵琶を取り上げないでと伯符に願った。彼は取り上げることなくこれを贈ってきた。
 同じことではないか。あるじから贈られたものを弾かぬのは、また噂が煩かろう。
 それにしても、彼はまるで剣を贈るような表情だった、と彼女は首を傾げた。
 贈り物なら以前にも髪飾りや衣を押しつけられたことがあるが、それらは丁重に辞退した。ただ疾く走る船だけを手元に置いた。疾く走る船は好きだ。どこまでも流れ下り、ここの人々が言う遙か先の――東の地まで行けそうな気がする。実際にはどこの河にも難所があるし、ましてこの時勢ではそこここに障害物が仕掛けられている。川舟と海の船では構造が違うということも、この身になってから初めて知った。
 彼女はため息をついて古い琵琶を立てかけ、新しい琵琶を膝に乗せた。調弦をする。あのひとは調弦にさえ気持ちが出ると言ったものだけど、いまの自分の気持ちが出たらさぞかし音色は濁るだろう。
 少女の微笑みのような可愛らしい曲を弾く。まだ硬いが、響きは良い。なるほど、伯符が作らせただけのことはある。息を整え、長めのものを弾き始める。すぐに意識が曲になる。
 見よう見まねだけれど、少しは上手くなったろうか。
 すり替わってしまってから、あのひとの欠片を取り戻そうと必死になった。これもそのひとつだ。記憶の中の冴え冴えとした音には決して追いつくものではないけれど、弾いている間だけは、あなたが側に居てくれるようだ。早く、早くこの身を返したい。
 あなたに、会いたい。
 どんな声音でもいい、呼んで貰えたら。ううん、呼ばれなくてもいい、あのひとが生きている、立っているところをちらりとでも見られたら。
 (花)
 ああ、こんなふうに。
 (そう急いで音を追いかけるものではありません)
 はい、公瑾さん。
 (そう、よくできましたね。――わたしの、花)
 突然、手首が掴まれ、彼女ははっと手を止めた。伯符が強ばった顔を近づけている。耳が痛くなる静寂と彼の眼差しの強さに、彼女はぎこちなく微笑んだ。
 「どうなさいました」
 「―お前」
 「はい、伯符」
 「お前…お前、だけか」
 「何のことでしょう」
 伯符は、ひどく乱暴に手を離した。彼女は息をついて琵琶を横に置き、立ち上がった。
 「伯符? どうなさいました」
 「なんでもない」
 伯符は顔を背け、自分の髪を乱暴にかき回すと花の手首をまたきつく掴み、歩き出した。
 「来い」
 「どちらへ」
 「船だ」
 「執務は」
 「そんなもんはいい」
 「伯符!」
 叱るように呼んでも、彼は振り向かない。伯符はもともととても気まぐれなところがあるけれど、これは少し違う。しかし原因が思いつかない。引っ張られるまま歩き出しながら、彼女は振り返って床に置いたままの琵琶を見た。
 (ごめんなさい、また帰ってからね)
 人形にするように話しかけてしまう自分に苦笑し、彼女は前を向いて足を速めた。
 
 
 置き去りにされた琵琶が、いん、と鳴った。
 
 
(2011.6.4)

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