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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
奉孝さんと花文若さん。
「文若殿」
声を張り上げると、細い肩が動いた。夢を見ているような眼差しが奉孝をとらえ、さっと表情がいつものものに戻った。
「居たのですか」
奉孝はその言いぐさに吹き出した。
「何を言ってるんですか、誰がここまであなたを連れて来たんです?」
「本当にね、不作法な! 休みだからとひとの邸に押しかけて連れ出そうとするなんて」
「文若殿ってば、家人に俺を掃き出せって言いましたからね」
「ひとがゆっくり寝ている邪魔をしたからです」
いつもはきちんと結われている髪をひとつにくくっただけ、さらに簡素な衣の同僚をその邸から強引に連れ出し、野にやってきた。馬に乗せてからも小言ばかりだった彼女を野に下ろしてしばらくすると、彼女は気が抜けたように黙ってしまった。
若草の匂いが、未だ肌寒い風にのってやってくる。ひらいたばかりの黄色い小花が足もとに揺れている。ふだん、筆ぐらいしか持たない指先が花びらを女児のように撫でているのはたいそう愛らしい。執務室では濡れたように黒い衣ばかり着ているのに、簡素な衣は淡い橙でとても似合っている。そう言ったら叩かれるかなと彼はのんびり思った。髪飾りも首飾りも贈るたび侍女に下げ渡されてしまう。
奉孝は彼女のかたわらに座り、その横顔をのぞき込んだ。
「文若殿は、こういうところはおきらいですか?」
彼女は、唇を尖らせた。我に返ったように花びらから指を離す。
「連れてきてから嫌いと聞くなんて、ばかにしています」
「それで、どうですか」
「…たまには、いいです」
非常に不本意そうな口調が可愛いと言ったら埋められそうだが、彼女はそういう表情が魅力的だ。だからあるじもしょっちゅう構う。まああのひとは女子にかまうのが生き甲斐みたいなひとだがと、己を棚に上げて思う。奉孝は大げさに胸をなで下ろした。
「良かったー。ここまで来て、歩いて帰るとか言われそうで」
彼女がつんと顔を背ける。
「帰ってもよろしいですが、ここから邸まで歩いて帰ったら疲れて熱を出すでしょうね。そうしたら仕事をお願いいたします。」
奉孝は苦笑した。そんなことになったら、あるじにどんな目に遭わされるか。彼のあるじは、この珍しい女性の才も肌も寵愛すること甚だしい。ただ連れ出しただけなら嫌みを言われるくらいかも知れないが、その身を損ねたなどということになったら志は果たせない。なんだかんだ言って、彼はあの紅蓮に掛けている。
「えーと、そうすると、今日俺があなたをここに連れ出したことも白日のもと、って訳ですね」
「何が白日のもと、ですか。あれだけ騒々しく邸に来ておいて、もう知れていますよ。まるで盗人」
「ああ、いっそそう宣言すれば良かったな。堂々と攫っていけます」
ふいに彼女が笑って、奉孝はその横顔を見た。
「近頃、南の都に出る盗人の話をご存じですか。盗みたい宝物のある家に、いつ何時押し入るか、告知するのだそうですよ。あなたもそうなさい」
くすくすと笑い続ける彼女の頬に手を添える。見返した目が少女のように華やいでいる。
「できないと思っていますね」
女は瞬きした。目が柔らかく細められる。華やかなあるじにその肌を許す時もそんな風に笑むのか。抱かれたあとの潤む肌しか知らない。冷たい目が温められていく景色は許されない。
「できないのではなく、しないでしょう」
「そう言われると盗みたくなるなあ」
彼女が顔を背けた。途端に手が寒くなる。
「確かにあなたは品行よろしくありませんし、誰も驚きませんね。つまらない」
「照れますねえ」
「ばか者」
仰向けになると、青い空が目に痛い。
「ねえ文若殿。俺たち恋人に見えますかねえ」
「人さらい!」
「うわ、止めてください」
「人なんか居ません、残念ですけど」
遠い空で鳥が鳴く。
「ねえ文若殿。俺にしましょうよ」
かたわらが急に寒くなる。慌てて起き上がると、足早に遠ざかろうとする背が見えた。
「本気で歩いて行くんですか、文若殿!」
「雲雀の声を聞きながら歩いていたほうがましです」
衣の裾が風にはためく。ああ、あんな姿ばかり見ているなと思う。今日はあの緋は居ないし、黒い衣でもないのに、いつも自分は後ろ姿ばかりだ。奉孝は頭をかいた。我ながら諦めが悪い。
彼女は白い花を踏んで遠ざかっていく。その景色をかならず詩にして孟徳に献上しようと、奉孝は心に決めた。あるじならば、清々しい青と清楚な白が誰よりも似合うようでいて、不思議に寄る辺ない女の景色を理解するだろう。彼はひとり頷き、近くで草を食んでいる馬を捕まえに立ち上がった。
(2012.4.23)
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