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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
pspすぺしゃる公瑾さん√に登場の「あの子」が主人公です。
大人になった彼と、花公瑾さん。
若干「死にネタ」かもしれませんので、苦手な方はお気をつけください。
目を閉じて長椅子にゆったりと身体を預けているおば上は、とても寛いでいるようだ。わたしは声を掛けるのをためらって、庭に入ったところで足を止めた。煙るような雨が降る今日、おば上の姿は夢のように霞んでいる。本当にいつまでも変わりない。
おば上はすぐ、目を開けた。わたしを認めて微笑む。
「公陵さん」
霞んだ声はそれでもよく通る。わたしは丁寧に礼を取った。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
おば上は口元に手を当てて笑った。
「どうぞ。あなたのような美しい人に側に居てもらえたら、さぞよい夢を見られるでしょう」
囁くような声に胸が痛む。
あんなに煌めいていて、何をしても目が奪われるようだったおば上が、こんな小さな邸に数人の侍女と籠もり、もう一年以上が過ぎた。世のひとがおば上のことを口にすることも少なくなっている。わたしはそれが悔しくてならない。でも、こうしておば上を見ると、その口を閉じるほかない。おば上は確かに病んでいる。白くなった頬に、痩せていく指にそれを感じる。老いた、というのでは断じてない。ただ、日向の雪が溶けるように薄くなっていると思う。
おば上の薬師はわたしには口を割らないから、いったいどんな病なのか詳細には分からない。処方するために集めた薬の名称で推し量るだけだった。その行為は、病を止めるすべはわたしにはないということをはっきりさせただけだった。
わたしは傍らに座った。肘掛けに置いた細い手に手を重ねる。冷たい手だ。近づくと、おば上がいつも愛用していた香のかおりは薄く、代わりに薬湯の匂いがした。
「今日はどうしたの」
おば上は戦の話をなさらない。だからわたしも、もう尋ねない。兵法書について、船の動かし方について、馬の可愛がり方について。おば上から聞かなかったことなんてあっただろうか?
「西の島の話を覚えておいでですか。」
おば上はゆっくり瞬きした。口の端が緩む。
「よく覚えていること」
「覚えています。川の中にある小さな島に白い花がいっぱいに咲いて、まるで島が花でできたように見えるとお聞きした、あそこの花が今年も満開になりましたよ。」
「あなたの可愛い子でも連れて行った?」
からかう眼差しに、むかしのおば上がふと、過ぎった。わたしは微笑んで首を振った。
「わたしの許嫁は、船に酔うものですから」
ついこの間、決まったばかりの許嫁はとても大人しい娘だ。風にも当てぬという育てられ方をしたという、その口上の通りに、わたしを見ることさえ怯えていた。
「残念ね。良い香りのする雲の上にいるような気になれるのに」
おば上は、遠い目をした。
あの煌びやかな方とふたりで行ったのだろうか。おば上にまつわる色めいた話は、いつもあの方が相手だった。華やかにしかし力強く我々を率いるあの方は、おば上の隠居の申し出に一言も異を唱えなかったと聞く。それほどおば上の衰弱はあからさまだったのだろう。まるで夫婦に対する形容を常にされてきたふたりで、わたしの目にさえ、あの方はおば上なしでは、というような様子だったのに。
「おば上。共に参りませんか?」
おば上は、即座に否定も肯定もしなかった。滲むように笑った。
「嬉しい」
「おば上」
「少し前だったら、ふたつ返事で出かけるのだけど。もう無理。」
とてもさらりと、おば上は言った。そうですか、としか言いようのない自然さにわたしは唇を噛んだ。言いたくなかった。
「奥方を大事になさいね、公陵さん。きっとよ。」
その微笑みは、異国の神のようにとても遠い。あれは仏、とかいうものだった。炎の揺らめき、夏の葉ずれのような印象を与えるあの表情は、自分には恐ろしくさえある。
ふと、頬に当たる風が温かくなった。日が出てきたのだ。
「あら、雨が上がったのね。きれいな雲」
娘のような華やぎで、おば上が言う。ほそい指がさす先に、日差しを端に滲ませた雲が浮いている。日を背負っているようだ。
「あれくらい分厚ければ乗れるかな?」
子どものようなことを言うおば上に、わたしは思わず笑った。
「ではわたしが手綱を取りましょう」
「公陵さんは馬の扱いが上手だものね」
幼い頃と変わらず、おば上は笑う。
(どちらに行きたいのですか)
あとを追いかけるしかないわたしに、あなたは変わらない眼差しを向ける。寂しさとも慈しみともつかない、親や年長者とはまた違うその視線は、懐かしい人を見るような目だ。そうと気づいた時、おば上はわたしの手の届かぬひとになった。
ああ、もう自分は過去のこととして話そうとしている。このひとがわたしの幼い恋をすべて持って行ってしまう時がもうすぐそこに迫っていることを知っている。
「もう寒くなりますよ。中に入りませんか、おば上」
こんなことくらいしか、言えない。
「もう少しだけ」
どこか上の空で言うおば上の表情は、もう雲に乗っているかのように晴れやかだった。
(2013.12.22)
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