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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
   
 『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。


 花孟徳さんと公瑾さん。





 風が水面を揺らしていく。あるかなきかの水紋はまぼろしのようだ。ならばそれに乱されるこの映し身はなんだろう。公瑾は顔を上げた。石橋を渡ってやってくる一団が、彼を認めて止まる。礼を取ると、彼女は笑って小さく手を挙げた。彼女に従う侍女たちが、花びらを掃き寄せるように橋のたもとまで下がる。
 「顔のいい男の待ち伏せは、いい気持ちになること」
 「そればかり仰る」
 「それ以外に取り柄があって? お前に」
 彼女の水軍を壊滅に近い状態まで追い込んだ男を前に、女は軽やかな態度を崩さない。これもいわゆる「平和」のゆえかと、彼は内心で嗤う。
 三国が帝のもとに膝を折ったこの状況下で、己が鍛えた水軍も、調練以外の目的を見いだせずにいる。これでもし帝が、己の領土を海の、陸の続く限りに追い求めたならば新手の調練も必要ではあろうが、少年はその生真面目な眼差しで戦を拒んだ。だから彼は、あるじの名代として、このきらびやかで生臭い宮に通い詰める。
 むろん、連日の会議にそんな韜晦は入る余地もない。昨日も、彼女の懐刀、影のようなあの男と低温の会話をしていた。蜀の孔明との、のらりくらりとした会話は低温ななりに軽快ではあるのだが、文若は徹底的に平坦だ。見かけどおりの強靭さとしたたかさをもつ彼を公瑾は決して軽んじてはいなかったが、こう会議ばかりでは体がなまる。
 (鈍る?)
 ――どこへ向かうために鍛えるというのだ。鎧さえなく着飾ってやってくるこの宮のどこに。
 公瑾は彼女に、持っていたものを差し出した。
 「これを」
 彼女の目が悪戯っぽく輝いた。
 「もう咲いたの? 早いこと。わたしの庭から手折ったわけではないでしょうね」
 彼は笑った。
 「冬さえ百花が揃うと噂されるあなたの庭で手折ったところで、目新しさなどありませんか」
 彼女はうっとうしそうに手のひらを振った。
 「あなたが言うと、それらしく聞こえるから嫌いよ。それで?」
 「城下の賤の家の軒先から頂戴して参りました」
 「わたしのためにと言った?」
 「いいえ。」
 「ならば、良い」
 剣を握るに似て、彼の手から梅の枝を取り上げる。柔らかな緋色の衣が彼の掌をかすめた。
 「わたしのために、などと言うと、悪評がまた増える」
 「木ごと召し上げてあなたに献上するような輩もいることでしょう」
 「つまらないこと。」
 子どもの爪のような花びらを楽しげに女はつまんだ。
 「いい手触りね。こんな衣が着てみたい」
 「花の褥にならばお休みにもなれましょう」
 「用意してよ」
 命じなれた口調で彼女は言う。
 「国中の花で?」
 「国中では、わたしひとりしか休めない。お前は夜通し立ってでもいるつもり?」
 「守らせていただけますならば」
 頬に鋭い痛みが走った。枝で頬を打たれたのだ。池に枝が落ちていく。触らなくても、頬から血が流れていることは分かる。血に梅の香でもついたろうか。
 そのまま通り過ぎようとする女の手をつかむと、さも予期していたかのように振り返る。結い上げたおくれ毛がゆるやかに靡いている。
 「頬が傷になりました」
 「傷にしたわ」
 「手当てしてください」
 女は笑う。傷つけるためだけのような、あどけなさで。そう思うのは、本当に手当てしてほしいからだ。この世でいちばん血生臭い女に、いちばん優しいことをしてほしいのだ。
 「三番目ね」
 「何がです」
 「わたしに手当てしてくれとねだった男。」
 誰と聞けばいいのか、三番目でしかなかった己を笑うべきか。
 女の手が頬を撫でた。冷たい、かさついた手だ。剣を知る手で、なぜこうも柔らかに居る。この女に相対すると、知っていたはずの女というものが新鮮だ。
 いくさ場での己を知らぬ者からは、優美なあでやかなと、そういう賛辞ばかり得る。己も同じはずなのに。
 「お前は水のように笑う」
 「分かりません」
 「水はいつの間にか浸食するのよ。気が付いたら溺れている。」
 「恋のことですか」
 「水の温度を段々と上げていっても知らずに浸かっているあわれな蛙のこと?」
 「では、あなたが水だ」
 「わたしは血と焔でできているらしいけれど」
 頬に添えられた手を握る。そのとき、遠い回廊に染みのような人影が見えた。彼女を支えるあの男だと、この何か月も顔を合わせ続けたから分かる。その身分にふさわしい挫折も栄光も知るだろうに、一喜一憂などしたことがないという顔をしている、あの男。
 似たようなものか。自分は笑みでそれを当然と受ける。あの男は仏頂面でそれを足元に従えていく。
 わたしは、わたしの輝かしい陽とともに青春を過ごしたことを後悔してはいない。だが、この女のもとにいたらどうだったろうと兆す思いがある。
 ふわ、と体温が離れた。背が離れていく。侍女たちが靡く裳裾のように付き従っていく。
 「丞相」
 声をかけると、肩ごしに視線が合った。
 「口説く気もないなら呼び止めるものではないよ、美周郎」
 「わたしは」
 「わたしが美しいと思うものさえ知ろうとしないくせに」
 揶揄は甘い。
 あなたはそんなふうにあの男にも戯れかかるのか。国さえ脇息とするように見えるあなたに続く無数の者の中からその指先で選び出した特別な男にも、褥に花を敷くよう命じるのか。
 踏みにじられた花は、腐るだけであるのに。
 橋の上からその姿が見えなくなる頃には、向こうの影も姿を消していた。


 


(2014.5.1)

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