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広生くんと花ちゃん。高校生です。
クラス替えって、何回経験してもふわふわしたものだなあと花は思う。漫画でよく見るような、花が咲いているような女子の会話、まだ気取っている男子の会話、それらが風船のようにぶつかっては弾かれる。人が少なくなった放課後の教室も、その名残でどこか騒がしい。
帰るのが惜しいのか、教室の隅で内緒話をしている女子をぼんやり見ていたら、とん、と机を指先で叩かれた。花ははっと前を向いた。前の席を借りた広生が苦笑している。
花の机に広げられたスケジュール帳は彼らしく、とてもシンプルなものだ。かな あたりが見たら、「オジサンっぽいー」と一刀両断しそうだなと思う。自分のスケジュール手帳はピンクで、家族や友人の誕生日がカラフルなシールで彩られているのに、彼の日付は何も埋まっていない。
そこに、いま判明しているだけのテストや模試の日程をふたりで書き込んでいたのだ。こうすると目的意識ができる、と、彼は淡々と言ったが、そのまっさらなページには何の切迫感もない。
「ごめんね」
「初日だからな。まあ、明日からは厳しくするが」
彼の口調はいつも通り平穏で、花はため息をついた。
広生が望んでいる大学に一緒に行こうと思えば、かなが言ったように「ものす・ごーーーく」勉強しなければならない。それは彩が言うように「愛があれば大丈夫ってものじゃない」のだろう。でも、こんなふうに桜のあふれる春には、なんとかなるような気もしてしまう。
「明日は小テストだと言っていただろう」
花は瞬きした。
「うん。数学と、英語」
広生がまた、笑う。
「しょっぱそうな顔をする」
「仕方ないの、もうこういう顔になっちゃうの」
広生はふいと横を向いた。眼鏡に西日が光る。
「万歩計ってあるだろう」
唐突に変わった話題に首をかしげる。
「うん」
「歩数が増えていくごとに日本地図が完成したり、ひよこがにわとりに成長したりする画像が見られる万歩計があるらしい。」
「可愛いね! 頑張れそう」
「テストの点数が上がるごとに何か成長していく絵でも描いてやろうか」
広生のシャープペンが動いて、ノートの端に有名なキャラクターを描いた。元の絵よりは横長だし目も大きい気もするけれど、正義の味方なのはすぐに分かる。
「悪い点数を取ったら退化しちゃうの?」
「そうだな」
「それは責任重大だね」
笑いながら、大変に絵が斬新だったひとのことを思い出す。横顔の広生が、どこかとても遠いところを見ているような気がするのも、そのせいかもしれない。
広生はこちらを向いた。表情は悪戯っぽいものに戻っている。
「それとも、スタンプカードでも作ってやろうか」
「なになに、何をくれるの?」
「80点以上が5回たまると、俺の作るホールケーキプレゼント、とか」
「うわー、やる気でそう」
花は笑いながら小さく手を振った。
「ありがとうね、広生くん。大丈夫、頑張る」
頑張れると思わせてくれるひとがいるだけで、じゅうぶんだ。
「それに、ホールケーキを目当てに頑張ってるなんてばれたら、かなや彩がうるさいよ。わたしにもちょうだい、って」
「作るだけなら別に手間じゃないが、お前じゃない相手に作っても楽しくない」
スケジュール帳をしまいながら、広生はさらりと言った。息が止まる。
「そういうこと、言う」
「なんだ」
「またしばらく、からかわれるよ。新しいクラスになったし」
「事実だ」
立ち上がった広生を、花はうんと睨んだ。
「分かってて言うんだもん、広生くん」
それには何とも答えずに、彼は花に手を差し出した。内緒話をしていた女子たちがこちらを見ている。花はその手を眺め、スケジュール帳をしまって立ち上がった。手を握り返す。
「帰ろ」
「ああ」
事実事実、と心の中で何回繰り返しても、色々な視線には慣れない。もっと自然に手を握ったり腕を組んだりできればいいけど、広生はそんなベタベタしたのは嫌いだろうか。長い時間一緒にいたはずでも、「広生」のことは知らない部分が多い気がする。
廊下を歩きながら、花は外を見た。盛りを過ぎた桜がゆったりと落ちていく空は白っぽく見える。あの空を辿ったら懐かしい人たちがいる場所に行けるような気がする色だ。――広生となら、戻ってもいいような気がする、あの場所。
花は小さく首を振った。春に浮かれている。
でも、花びらくらいだったら、送れないだろうか。あんな優しく、柔らかく、邪魔にならないもの、幸せしか連想できないもの。そうでもしないと芙蓉姫がまだ八割くらいは怒っていそうだものと、女ともだちの気配を思い、花は微笑んだ。
(2014.4.23)
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