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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
花公瑾さん邸に仕える侍女さんたちがメイン、という、オリキャラだらけです。
若い女ばかりの部屋は、化粧の匂いが強い。今日のように蒸し暑い日はなおさらだ。
この邸の侍女たちは、あるじの方針でそうけばけばしいなりができるわけではない。だがまったく許されていないわけではないから、その微妙なあたりを狙い、女たちは精を出す。
女の匂いが強いと感じるのは、部屋に漂う弛緩した空気からかもしれなかった。美容にいいという薬草茶、ひっきりなしのおしゃべりと菓子、新しい店の品定め。休憩のあいだに、取り澄ました顔を直すのだ。この侍女部屋は年若い者に宛がわれているから、なおさら姦しい。
「それにしても分からないわ」
侍女のひとりが投げ出すように言った。まわりが、ぽかんと彼女を見た。
「なによ」
「うちのご主人さま、よ。」
勤めて一年の彼女がそんな物言いをしたことに、まわりは眉をひそめた。茶飲み話とはいえ、軽々しい。
「そんな軽い口調で言うものではないわ」
「だって。見てよ、これ」
侍女はかるく肩を揺すった。髪かざりに、いびつで小さいけれども真珠が並んでいる。化粧も服も控えめな娘の、それが唯一の飾りだ。若い侍女のひとりが、羨ましそうに嘆息した。
「真珠よね、いいなあと思って見ていたの。いくらしたの?」
「その、おんあるじに頂いたのよ。」
途端に部屋の空気が微妙なものになる。あるじから物をもらう、というのは、この邸においては決して珍しいことではない。陰に陽に求婚者の絶えないあるじは、贈られてきたものをその場にいた侍女にいとも簡単に下げ渡す。いくら着飾っても文句は出ないだろう身分と家柄を持つこの邸のあるじが望むものと言えば、軽くてよく切れる剣、よく矢を防ぐ甲、千里を走る馬、よく訓練された兵だ。
「あら、わたしもその場に居ればよかったわ」
ひとりが軽くそう言って、部屋の空気は気やすいものに戻った。
「あなたは大珠をいただいたことがあるじゃないの。」
「そうだけど」
「この真珠を贈ってきたのは誰だと思う?」
思わせぶりな目配せに、一斉に頭が寄った。ひそひそ声が途切れ、まあ、ともあら、ともつかないようなため息が漏れる。
「その方から贈られたものを、あなたに?」
地位も家柄も高い男の名に、侍女たちの顔には、勿体ないという表情と、あのご主人なら仕方ないという表情がかわるがわる浮かんでいる。なにしろ、この国を太陽のように導く男に重用されながら、その妃の座を獲得しようとしない、ある意味とても性悪な女なのだ。
「あの方、最近とても足しげくおいでになること。」
「でも、おんあるじは、門のうちには決して入れないわ」
「かたくなね!」
「あの方の声を聞いたことがある? そりゃあもう、色っぽいのよ」
「うちのおんあるじなら、声で政務がはかどるものですか、とか」
あるじの声音をつたなく真似した侍女に、わっと笑い声が被さった。
「似ているわ」
「そうね、そんな感じ」
「…でも、お気の毒ね」
どこか陰のある美貌の侍女が、ひそりと言った。ひとりが彼女の腕を軽くたたいた。
「おんあるじの話よ。」
「そうだけど。あの方の話ぶりを聞いたら、おんあるじに寄せる思いに胸が苦しくなるほどよ。」
どこか陶酔したように囁く侍女に、何人かは肩を竦め、また何人かは気遣わしげに彼女を見た。
その時、扉が開いた。古参の侍女が、休憩は終わりですよと厳かに告げる。若い侍女たちはいっせいに勤勉な顔を作って立ち上がった。
※※※
灯りを手に扉を開けると、あるじは何か考え事をしていたようで、膝に置いた琵琶を撫でていた。使い込まれたそれを新調してやろうと、国のあるじや財力のある求婚者からは何度も申し出があるらしいし、事実、突然に新しい琵琶が届けられたこともある。けれどすべて、このあるじは蔵にしまってしまう。あるじが留守のとき、立てかけられた琵琶は殊に端然と美しく、まるで部屋の主人のように見えることがある。
もし、と声をかけると、あるじの背が伸びた。その顔がこちらを向く。傍らの灯りが大きく揺れた。
「何ですか?」
「この前の若君が、また門前においでになりました」
何を聞かされるかというふうで油断なかったあるじの顔は、急に平坦になった。
「門は開けなくて良い。放っておきなさい。それから今後は、一切、わたしに取り次がないように。お前の裁量で断ってかまわない」
「分かりました」
あるじは興味なさそうに頷いたが、すぐに体ごとこちらを振り向いた。解き流してある長い髪がざらと音を立てた。あるじの髪は漆黒ではないが、たっぷりとして美しい。若い者たちの言い分ではないが、流行の髪型などしたら、さぞかし見栄えがするだろう。
「彼が声をかけた侍女がいると言っていませんでしたか?」
わたしは頷いた。
「香文のことですね。」
「どうしていますか」
あるじの声は落ち着いている。しかし、うねるような不機嫌を感じる。わたしは顔を伏せた。先ほどまでの門内の光景と、今日の昼間、休憩が長引きがちな若い侍女たちの部屋の前で聞いた言葉がよみがえる。そのためらいで、あるじは察したようだった。
「門へ、行こうとしました」
やはりと言うように、あるじはため息をついた。
「それなりに可愛げもある馬鹿もいるものだけど、どうしようもないのもいる。伯符に頼んでどこかにやってもらおうかしら」
わたしは黙っていた。あるじがそのようなことをあの方に頼むはずがない。だからきっと、誰にも有無を言わさない自然さで、あの若君は地方へ赴任することになるだろう。そこで悲恋の詩のひとつふたつ、書くかもしれない。だがそれがあるじに届くことはない。香文を失うかもしれないことだけは残念だ。気もきくし、いい侍女になるだろうと思っていたものを。
「お聞きしても宜しゅうございますか」
あるじは、大きな目を瞬いた。
「なあに?」
「いま門前においでの方への対応は、他の方よりお厳しいように感じまして」
ああ、とあるじはうすく笑った。
「彼が嫌いなの」
町娘のように端的な返事に、わたしは意外な顔をしたに違いない。あるじは面白そうな表情になった。
「わたしがこんなふうに言うのはおかしい?」
「いえ」
そのようなことを言える立場ではない。あるじはふいに笑みを消した。
「許せないのよ」
あるじは、底光りするような目でわたしを見ていた。
「許せないの。あの程度の容姿で、あの程度の能力で、あの声をしているということが、許せないのよ」
妙に娘らしい生真面目さで答えたあるじは、それきりわたしに背を向け、琵琶を抱えなおした。わたしは一礼して退出した。背中に琵琶の音を聞きながら暗い回廊を歩く。
許せない、というのは声が嫌い、というわけではないのだろう。確かにあの若君は、深く響くよい声をしている。艶やか、という形容がぴったりだ。少しばかり長く生きているわたしですら、あまり聞いたことのない美声ではある。
あの程度の男のくせにあの声をしている、とは、あの若君と似た声の、大切な方でもおありなのだろうか。あるじを重用する、あの輝く髪のお方はまるで違う声の、あるじが幼いころから仕えているわたしにも思い当たらぬ「その男」…
わたしは首を振った。詮索しても始まらぬ。わたしにとっては、あるじの不興を買っているというだけでじゅうぶんだ。その男が待つ門前へと足を早めながら、わたしは背を伸ばした。
(2014.10.19)
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