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☆ご注意ください☆
この幻灯カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicerさまが書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいています。
掲載に許可をくださったcicerさま、ありがとうございます。
『花文若』は、最初に落ちたところが文若さんのところ・本は消失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。この設定は のえる の所為です。
孟徳さんとオリキャラ奉孝さんばかりです。
奉孝はぼんやり眼を開けた。うす暗くなった室内には己ひとりしかいない。うたたねしてしまったようだ。近頃、すぐ眠くなってしまう。疲れやすくなっていることも自覚している。
掛けられていた布をつまんで彼は微笑した。くたくたに着慣らした古い衣だ。もとは濃い緑だったように見えるが、綾な織模様も判然としない。よくこれだけ着古したものだ。どのような愛着があるのか聞いてみたくなる。彼女はきっとこれを不満げに、しかし静かに掛けたことだろう。
ゆっくり体を起こす。彼女の香が残ってはいないかと思うが、墨の匂いばかりだ。
その時、入るぞ、という声とともに扉が開かれた。翻った紅い衣に、彼は瞬きした。入ってきた孟徳は奉孝を見て、目を眇めた。
「なんだ、お前だけか。――つまらん」
「主公こそ。」
「部屋が暗かったからな、文若がまた居眠りでもしていればさらっていってやろうと思ったのに」
「殺されますよ」
ふん、と孟徳は言った。
「お前は何をしている」
「少し話をしていたのですが、いつの間にか会話が途切れ、気が付けば寝ておりまして」
「いい身分だな」
「主公もここで執務なさっては?」
「そうしたら、あいつは筆だの硯だの一式もって庭に移動したことがある」
実行したのかと奉孝は破顔した。彼らにとってこの部屋のあるじは常に関心の的だ。
「なるほど、庭のほうが鳥のさえずりも美しく、風ですら簡を繰るのを手伝ってくれそうだ」
「同じことを言った」
奉孝は声に出して笑った。ややあって表情を改める。
「主公」
呼びかけに、孟徳は視線だけを彼に寄越した。
「なぜ主公はあの方を追うのです? その袖の下に入れてなお」
孟徳はこれ見よがしな獰猛な笑みを刻んだ。
「お前が言うことか。」
「どういたしまして」
「俺はあいつを俺の袖の下に入れたなど、思ったこともないよ。あいつもそんなふうに思ってはいないだろう。」
思いがけなく真摯な口調に、彼はわずかに目を細めた。孟徳は低く笑った。
「あいつはあの通り、俺に対して並みでない口をきく。そのせいか親切ごかしに、問題なのではと言ってくる官がいるがな、本当にそいつは馬鹿だ。あいつはああでなくてはならない。」
ああでなくては面白くないと聞こえたのは幻聴か。
「ご寵愛だ」
孟徳は鼻を鳴らした。
「お前らしくもない言葉の選び方をするじゃないか。美女の膝の上でなければ調子が出ないか」
「とんでもない、方々の声を代弁しただけで」
「殊勝げな口をきくなよ、それこそ似合わないぞ。奉孝、お前こそ、なぜあの女を追う。――ああ、愚問か?」
奉孝は膝の上の敷物を撫でた。
「ええ」
「潔い」
「彼女は官というなら確かに珍しいでしょう。だが、働く女というだけなら、市井にごまんと居る。己が、子らが食うために、だらしない亭主のせいで、あるいは天職として。だが、彼女はそのどれでもない」
わずかに孟徳は唇の端を釣り上げた。
「彼女は己を良しとしない。現状に満足しないとかそういう意味合いではないのです。彼女は深く深く、何かを恨み、悔やんでいる。彼女ほどの女なら、つまるところ己しかないとわかっているでしょうに」
「お前のしたり顔が嫌いなんだろう」
揶揄を、奉孝は無視した。
「さて、先ほどの問いにお答えいただいておりませんが」
孟徳はまるで朝議の場のように、大きく袖を翻し彼に向き直った。
「お前は彼女がなぜこんな地位に望んで居るか、知っているか」
「――荀文若だから、と」
「ああ、そうだ。俺に対してもそう言う。それは嘘ではないが、それがすべてでもないだろう」
孟徳は腕組みして目を閉じた。
「作り物と嘘は似て非なるものだ」
それは重いような実感が伴っていた。少なくとも、奉孝にはそう聞こえた。確かにこのあるじは、作り物でも許される場所、またそうでなくては面白くない場所に生きる女たちを可愛がることは慣れたものだろう。
――ああ、本当にこのひとは。
「作り物がすべての者もおりますが」
「そういう愚ではないよ。彼女にはただ――秘密があるだけだ。」
呟くように言った彼は、急に眼を開けて奉孝を見た。そこに彼がいたことに驚いたように瞬きすると、部屋を出て行った。
足音がすっかり聞こえなくなってから奉孝は立ち上がった。手の中の衣をたぐる。この着古された衣は、その「秘密」を知っているのか。彼女に効く言葉は何か、教えてくれるだろうか。うっすら微笑んで、彼はその衣を彼女がいつも座る椅子の背に掛けた。
(2015.1.18)
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