二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpeaのcicer様が書かれた、『文若さんの妹花ちゃん』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『文若の妹花ちゃん』は、文若さんの血のつながらない妹花ちゃん。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
文若は、机の上を睨み付けている。
机の上には、彼ぐらいの年頃としては多量の練習用の簡が積み重ねられている。彼の小さな手は年齢に似合わず、簡を削る時にあたる部分がとても硬くなっていた。
その机の隅に、ちいさな花が乗せられている。
いちばん最初は、白い花。花弁の長い、香りのほとんどない花だ。
次は黄色い、飴のような塊の花。置かれた拍子に花粉が散って、机が少し汚れた。
いま、長い茎のついた紅い花が置かれた。赤子の爪の先よりも小さな花弁が、よれて落ちた。
「花」
呼ぶと、くりくりした目が机の端からこちらを見る。
「なぜさっきからわたしの机の上に花を置く」
「きれいなものを持って行ったら、兄上が喜ぶって」
ぽつん、と言うと、目は机の向こうに引っ込んだ。
兄上、と呼ぶが、彼女とは血のつながりはない。ある寒い日の朝、庭先に倒れていたのを母が不憫がって引き取った。頑固な父と真面目な息子に挟まれ、可愛い娘を育てることが夢だったとうっとり笑った母は、先年、亡くなった。それ以来彼女は、家令の夫人に育てられている。
そのように、もともとこの家に縁のない娘を母の死去、引き取ろうと申し出てくれたのは、都に住む親戚だった。いざこざが起こっていても都は都、若い娘にはそのほうが良い、と父が判断したことを文若はあとから聞かされた。
しかし、本当は違う。文若は手を握り込んだ。
父は、妹を憎んでいる。見も知らぬ他人のために、妻が心を減らして死んだと思っている。実際、そう罵倒しているのを聞いた。
文若が学問所から帰ってくると、妹はもう母屋に居なかった。棟が別の、家令の家に引き取られていた。それ以来、父が屋敷に居る時間に妹は決して寄りつかない。
文若は積極的に花の遊び相手をする訳ではない。彼が書き取りをする横で、彼女はひとりで何かしている。今日のように花びらでままごとをしている時もあれば、おぼつかない手つきで組紐を編んで寄越したり、文若の足下で昼寝をしていることもある。
今また小さい足音が近づき、白い花が机に置かれた。香りの強い花だ。文若は僅かに顔をしかめた。
その時、家令の老婦人が焦った声で文若におとないを告げた。花がびくりとそちらを見る。
「ご主人様のお帰りでございます」
かれた声に、花は文若を見た。彼がその眼差しを受け止めかねているうち、彼女は老婦人に手を引かれて部屋を出て行った。文若は、机に残った四つの花を見つめた。このまま残していては、花が母屋に来たことが父に分かってしまう。それを袖に包んだ時、部屋に父が入ってきた。
「なぜ出迎えぬ」
慌てて礼をした文若の頭上に、厳しい声が落ちてきた。
「申し訳ありません、集中していました」
父は彼の机の上を見、重々しく頷いた。だがすぐ、顔をしかめる。
「なんだ、この香りは」
咄嗟に言い返せず、文若は口ごもった。その袖が不自然にたわんでいるのを荒々しく暴かれる。花びらが足下にばらりと散った。父の眉間が険しくなった。
「あの娘、また来ておったのか」
「父上、違います、これは」
父が荒々しく身を翻す。追いすがろうとした沓先が白い花びらを踏みつけ、文若ははっと足を止めた。
(兄上が喜ぶって)
文若は足下を見つめていた。
父は上機嫌だった。
表情を押さえてはいるが、よく分かる。花を引き取りに来た親戚に、あれだけ饒舌に話しているのだ。その花は、厳重に旅装させられ、親戚の後ろで下を向いている。そこだけ光が届いていないかのように、花は無表情だった。
(…父上)
あなたはふだん、その親戚がいかに身持ちがだらしないか、嘆いていたではありませんか。借金ばかりしにくると、居留守を使ったことだってあるではありませんか。
父上は立派な方です。本当に尊敬しています。なのになぜ、その慈愛のひとかけらでも花に下さらないのですか。…花は、花は。
文若は花に近づいた。父が何か言いたそうな顔をしたが、勇気をふるって見ないふりをする。
「花」
そっと言うと、彼女がぴくりと動いた。
「お前はなぜ、わたしに花や組紐や…とにかくいろいろのものをくれるのだ?」
少女は口元をかたく結んだまま、上目遣いで文若を見た。文若はもういちど言った。
「…かあさまが」
「母上が、どうなされた」
「あにうえ、は、ご本でしかきれいなものをご存じではないから、お前がきれいだと思うものをお見せしなさい、って」
たどたどしい声に、文若は目を見張った。
「お前は、兄上のこころになりなさい、って」
花は、その真意を分かってはいまい。父がこれを知ったら、軟弱なと怒鳴るだろう。ただ文若にはそれが母の声で聞こえた。
確かに母は、もの柔らかに文若の勉強熱心をよくからかっていた。しかしその名をうたわれる名家の子息である彼は意に介さなかった。母親としての単なる心配だと思っていた。母はほんとうに花を自分の娘として、自分の妹として育てていたのだ。
文若は花の小さい手を取った。少女が驚いたように顔を上げる。
「文若、何をしている」
険しい声を上げた父を、花の手を握ったまま振り返る。
…初めて、父に背く。
「父上。わたしは花と参ります」
「なに!?」
「花を都へ遣るというのなら、わたしも参ります」
「何を言っている」
父の顔色が青ざめ、ついで紅くなった。
「お前はこの家を継ぐ身だぞ」
「いずれ都へ勉学には参りましょう。それが早まるだけです」
父の怒号が響く。親戚は、なにやら面白いことになったと言いたげな表情を浮かべている。
(母上)
文若は小さい体を抱きしめた。こんなことをしたのはいつ以来だろう。まだ母が生きていた頃、大嵐に怯えて寝台に入ってきた妹を戸惑いながら抱いて寝たことがあったと思う。
「一緒に暮らそう、花」
食いしばった歯の間からうめくような泣き声を上げ、妹は力一杯しがみついてきた。
(2010.10.28編集)
PR
この記事にコメントする
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
カテゴリー
フリーエリア
プロフィール
HN:
のえる
性別:
非公開
カウンター
アクセス解析