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小ネタ的な。
あの男が色恋でうろたえたら楽しいだろうな、とは思っていた。
「花」
「はい」
いまはそれが、あのふたりを見ているのは楽しい、になっている。
そのことについてたいそうなごたごたはあったし、おそらくこれからも小火は出る。それでも彼は自分の元に残り、彼女は彼の側に居た。彼が手放そうとしていた、彼を最も彼たらしめていたものを過たず掬い上げた。あの男が目を瞑りかけていた道を照らし、あまつさえ自分の翼を彼に委ねた。まさに似合いの一対だ。
ただし、似合いすぎて困る。
この台詞も、片方が聞けば、理解できません、といつものしかめ面で言うだろう。
「これですね」
「ああ、済まない。…!」
「す、すみません」
「…いや」
「そこで手が触れただけで赤くなるんだ~? かっわいいなあ花ちゃん」
「孟徳さん! いつから居たんですか」
「んーと。最初から?」
「いじわるですっ」
「どうして?」
「どうして、って…」
「丞相。仕事にお戻り下さい」
「やだ」
「………」
「孟徳さんったら、子どもみたいですよ?」
「えへへー俺、可愛い?」
「可愛いですけど、いまは駄目です。」
「やった、花ちゃんに可愛いって言って貰っちゃった」
「丞相!」
「ねえ花ちゃん。花ちゃんが部屋まで送ってくれるなら俺、仕事に戻るよ」
「わたしがお送りします」
「お前には聞いてない」
「いいですよ。行きましょう、孟徳さん」
「やったー」
「花…」
「すぐ戻りますね。行ってきます、文若さん」
肩の上で切りそろえた髪が、歩くごとに揺れている。それを見ていると、こちらを見上げて微笑んでくる。
部屋まで、あと少し。振り返ってはいないけれど、石頭はあの部屋の戸口をうろうろしているだろう。彼女が可愛い声で、ただいま戻りましたと言うまで落ち着かないに違いない。
これは、未練と言うだろうか?
こちらを向かせる気なら、手はたくさんあった。自分が見付けられないはずがない。だからこれは、興味だ。彼女を見付けた時から続いている、自分を引きつけて離さないもの。それは何だろう? 自分は未だそれを見いだせない。
「花ちゃん」
「きゃ! ど、どうしたんですか、急に腕を掴んで立ち止まったりして」
「えーと。こうしたかったから」
抱き寄せて、細い白いあごをつまんで上を向かせる。驚いた目が怯えてさまよう。
男とこんなことになるのも未だ慣れていない。あの細目はいったい何をしているんだろう。
「花ちゃん」
唇を寄せる。いつもの手段。
「かわいい」
その途端に、見開いた彼女の瞳に涙が盛り上がった。
悲しくて泣く表情ではなく、その滴はただ目の縁を滑り溢れ、白い頬を零れていく。
「どうしたの」
「あれ…?」
彼女は驚いたように、袖で自分の頬を拭った。それから、こちらを見て悲しそうな顔をした。それは辛そうでもあった。
「ごめんなさい」
「なに?」
「わたし、孟徳さんは好きです。大事なひとだと思います。でもこういうことはもう、文若さんとしかしたくないです。」
その途端、この胸に溢れてくる歓喜に似たもの。恐ろしく痛く、強く、ただ体をゆだねたいほど圧倒的な何か。彼女こそが、欠片ばかりの自分が失ったものを輝かせているという確信。
あの男は、この可愛い鳥が飛んでいくのを恐れている。けれどあの男らしい律儀さと誠実さでそれに立ち向かっている。
そして鳥は羽ばたき、あの男の傍らに戻る。陽にきらめく翼も愛らしいさえずりも眺めることのできる場所に居る自分。ただ自分のものではない。
「文若が好き?」
「はい」
「そっか、良かった」
「…からかったんですか…?」
「秘密。」
「孟徳さんてば!」
「あはは、痛い痛い」
「もう、早くお仕事してくださいっ」
「分かったよ。またね」
真っ赤になりながら、それでもぺこりと頭を下げて足早に帰っていく。
あの娘はこの世にふたりといない。そしてそう思う時点で、常ならば取り上げてしまうかもしれない。ただそれを押し留めるものを、彼女は持っている。稀有なことだし、そういう自分に呆れてもいる。
やはり今は、未練という軽い言葉を貼っておくことにした。
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