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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと花ちゃんです。
 副題を、懲りないひとたち、とでもすべきか。
 
 
 



 
 
 「花殿!」
 複数の声に呼びかけられ、花は振り向いた。
 「みなさん…どうされたんですか?」
 いずれも、文若の執務室でよく会う若手の文官ばかり、五人並んでいる。その中でも、いちばん顔立ちが派手な、花が心中ひそかに絵本の王子様みたい、と思っている男が進み出た。
 「いつもお仕事お疲れ様です。これ、俺たちから贈り物なんだけど、受け取ってくれるかな?」
 差し出された包みを、花は困惑して見た。
 「あの…文若さんから、こういうものは頂かないようにきつく言われているので」
 「あ、これは、装身具じゃないんだ。」
 「帯でもないよ。」
 「墨なんだ。」
 口々に言う彼らを、花は驚いて見返した。
 「墨、ですか?」
 「ああ。令君は高価な墨をお使いになっているし、君もそうだけど、これもいい香りがするんだよ。受け取って貰えないかな?」
 花は首を傾けた。
 他の男から装身具や帯など絶対に受け取ってはならん、と文若は言う。けれど文房具ならどうだろう。「あちら」の教室でだって、ケシゴムとかボールペンの貸し借りは普通だったし、シャープペンの芯のお返しにチョコレートを貰ったことだってある。これくらいなら、文若も怒らないだろうか。
 「あ、じゃあ…」
 花の手が動いた。固唾を呑んでいた文官たちが、うんうん、と頷く。安堵した気配が漂った途端。
 「おやおや、困った人たちだ」
 柔らかな声が響いた。文官たちは硬直し、花は笑顔になった。
 「子建さん!」
 慌てて礼を取る彼らの間をすり抜けてきた彼は、花にほほえみかけた。
 「いけませんよ花殿、こんな男たちを甘やかしては」
 「甘やかす?」
 「ええ。装身具や衣で駄目なら墨、とは、なかなか考えたと褒めてもいいかもしれませんが、あなたがた」
 するりと彼らを振り返った子建は、袖を口元に当ててくすりと笑った。一同がびくり首を竦ませる。
 「令君が、この奥方のお手に合わせて筆を作らせたのを知っていますか?」
 声とととも、実に自然に手が取られる。
 「この柔らかく可愛らしい手に、無骨な男用の筆は合わない。さりとて街で売っている子ども用のものでは小さいし、絵筆はなおさら筆を酷使する文官用ではない。そう思って作らせた筆は、とくに彼女に手形を採らせたわけではないのにぴったりだったとお聞きしますよ。それほど溺愛の奥方に、高価とはいえ街で求めた墨、とは。」
 花は驚いた。
 「子建さん、知ってたんですか?」
 「わたしは耳だけはいいのです」
 うふふ、と子建は笑った。
 「あなたに使いやすい筆なのでしょう?」
 「はい! いつも軸の端にきれいな布が巻いてあるんです。わたし用の目印だって文若さん、最初は言ってたんですけど、他の誰もそんなことをしていないから聞いてみたら特注だって…でも使いやすいから嬉しいんです」
 「あなたがそんなに喜んで、令君もさぞ嬉しいことでしょう」
 「…でも」
 急速に曇る心に、子建が顔をのぞき込んでくる。
 「どうなさいました」
 「文若さんがそんな風に気を利かせてくれるのに、わたしは気の利いた贈り物ができなくて。わたしだって何か準備したいのに気後れしちゃうんです」
 ふむ、と子建は自分の顎に指を当てた。
 「令君は、あなたが悩み選んだというだけで嬉しいのではありませんか?」
 花は顔を紅くした。
 「あの…そういうことを言われたこともあるんですけど、やっぱりわたし、文若さんに喜んでもらいたいんです。結婚したから、衣を縫ったり食事を作ったりするのは当たり前になったので、何か特別なもの、って思っても難しくて」
 伺うように子建を見上げれば、彼は我が意を得たように頷いた。
 「ではやはり、文や詩など贈ればよろしいのではありませんか?」
 「詩なんて、なおさらとんでもないです! わたしまだ、字も上手じゃないし」
 「字の上手下手などは関係ありませんよ。あなたが如何に令君をお好きか、率直に綴ればよろしいのです。」
 「あ、あの…じゃあ、文若さんの靴音だけは絶対に間違えないとか、孟徳さんが文若さんの筆跡を真似て書いても見破れたとか、そういうとっても個人的な嬉しいことでもいいんですか?」
 「もちろんですよ。花はすべて同じ花ではなく、しかしすべての花のかたちを表す…あなたは本当に、ご夫君を愛しておいでなのですね。」
 柔らかい声に花は瞬きした。少し目をそらす。中庭の、盛りを過ぎた白い花の群れが目に入った。もうあの花も終わりなんですねと少し寂しく思った自分に、また来年もともに見れば良かろうと素っ気なく返したあのひと。振り返らなくても、手を握る訳でなくても、その背を見ているだけで嬉しい。
 (確かに、「あちら」でふわふわと考えた結婚生活ではないけど)
 「…違うと思います」
 「どうして?」
 「文若さんを愛しているなんて、そんなたいそうなこと言えないです。ただ恋してるだけだと思います。」
 いかにも自分が幼く、恥ずかしい気がして笑った花を、子建は惚れ惚れと見やって振り向いた。もはや顔色もない文官たちを一瞥する。子建が唇だけで笑むと、彼らはてんでに礼をして慌ただしく立ち去った。花は小首を傾げて子建を見上げた。
 「どうしたんでしょう…あ、墨」
 「ああいう手合いは放っておおきなさい。意気地のない。」
 「意気地…がないんですか?」
 「あなたは知らなくても良いことですよ。…では、余計なものが寄りつかないうちに執務室までお送りしましょう。」
 子建は相変わらずきらきらしい笑みを花に向けた。この笑顔を向けられると、ただのお友達と思うのについ顔を紅くしてしまう。彼は、面白い噂や都の逸話をよく知っているので、それを聞いていると執務室までの道のりが短い。
 連れだって執務室に帰ってきたふたりを見るなり、文若の眉間の皺はおそろしく深くなった。花は急いで言った。
 「子建さんに助けて貰いました」
 子建がゆるりと礼をする。
 「虫を駆除しておりました。」
 「…それは、お手を煩わせました。」
 「月末の詩会に花殿をお誘いしてもお許し頂けましょうか?」
 文若は目を細めた。普段に似合わぬ切り口上で言う。
 「わたしも参りますがよろしいですか」
 「無論です」
 花は嬉しくなった。
 「文若さんとお出かけできますね」
 そう言うと、文若は実に複雑そうに、子建は嬉しそうに頷いた。花は子建に向き直った。
 「やっぱりわたし、さっきのこと、ちゃんと考えます」
 彼が可笑しそうに頷く。
 「…何のことだ」
 不機嫌な顔を向ける夫に、花は人差し指を口元に立てた。
 「いまは秘密です。」
 なお眉間の皺を深くする文若に、花と子建は顔を見合わせ微笑んだ。
 
 
 
 (2010.9.3)
 

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