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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 昨日更新した、「なみに思はば」の次の日です。
 というわけで、文若さんと花ちゃんです。
 
 
 

 
 
 花は、急に寒くなったような気がして目を開けた。ぼんやりと手をさまよわせると、触れた温かいものが動きを止める。
 「起こしたか」
 耳元で囁かれ、花はそちらを見た。まだ髪を結わない文若が、間近でこっちを見ている。花はほとんど無意識に微笑んだ。
 「文若さん」
 彼が、息を呑むような間があった。寄り添うように温みが戻ってくる。
 「…なんだ」
 「あったかい」
 「そうか」
 素っ気ないが、常よりとても優しい気がする。花は瞬きした。
 まだ暗い部屋だが、この世界でしばらく暮らした花には、空気の感じが夜明けに近いことが分かる。同衾している時は文若が出て行く時間だから、より過敏になるのだろうか。
 そこまで思い、花は文若を見上げた。こちらを見ていた彼の目尻が、僅かに下がった。
 「なんだ」
 「…もう文若さん、帰らないんですね」
 怪訝そうな顔をした彼が、唇を強く噛んだ。花の体に腕が回される。ふれあった頬が熱い。それでさっきの仕草が、破顔するのを堪えたのだと分かる。
 「そうだ。婚儀を挙げたのだからな」
 そう言われた瞬間、花の胸が熱くなる。息が止まる。自分でも怪訝に思うほど、それは強かった。
 文若との夜は初めてではない。朝議の身支度をする彼を、おぼつかない手つきで手伝ったことだってある。
 それでも…それでも。
 「一緒に、いるんだあ…」
 花はへにゃり、と力を抜いた。
 「そうだ。お前はわたしの妻になった」
 きちきちとした物言いが、花の肌を熱くする。
 「どうしよう」
 「…何がだ」
 「こんなに嬉しいなんておかしいですか? どうしようって思うくらい嬉しいです。」
 文若が自分の身を気遣って誰にも見られぬよう帰る時、移り香をなるべく残さぬよう窓を開ける時、自分は寂しかったのだ。
 気まぐれというには強い恋だった。しかし夫婦という言葉は遠かった。平凡な高校生であった彼女には当たり前のことで、教師ほどに年の離れた男の胸に憩うことなど夢にも思わなかった。
 「どうしようわたし、有頂天かも」
 ぼんやり言うと、耳元で小さく笑った気配がした。
 「わたしこそ、妻にそのようなことを言われたら天にも昇る」
 …いまこの時にも、きっと思っている。何かの弾みで花が消えてはしないかと、ふたりとも恐れている。それは、彼への信頼とはまったく別のことだ。
 それでも昨夜は、今までの逢瀬とはまるで違った。ひどく安堵して、何もかも彼に預けていられた。この世界でさえ、朝帰りと思えば時の経つのを気にしてしまうからだったのか、いつだって彼は優しかったけれど、昨夜のような甘さは初めてだったように思う。
 「めおとは二世、か」
 ため息のようなそれを耳にして、花はむっと唇を噛んだ。
 「…嫌」
 「ん?」
 「二世も三世も、嫌です。」
 もうずっと一緒にいたい、というのは幼すぎる気がした。彼の腕の力が強くなった。花はそろそろと腕を持ち上げ、抱きしめ返した。
 (文若さん、文若さん)
 心の中で呼ぶだけで、涙が出そうだ。
 「嬉しい」
 「そうか」
 「どうしよう文若さん、嬉しいです」
 「何度目だ」
 笑みを含んだ打ち解けた声に、また胸が熱くなる。
 「何度だって誰にだって言います。だって自慢なんだもの! 誰だって嬉しいです、文若さんのお嫁さんになったなんて!」
 「…とりあえず丞相には止めておいてくれ」
 不本意そうに注意した彼に花は笑ったが、ふと真面目な表情で彼を見た。
 「文若さん、わたし…こんなに何もかも貰ってしまっていいんでしょうか。」
 彼は無言で眉間に皺を寄せた。花はその夜着にしがみつき、手首の玉飾りを見た。この国の名産の色、この大陸では貴重な珠、この世でいちばんのいとおしさ。
 「こんなに…何もかも」
 文若は花を無表情で見返していたが、ふいに破顔した。それはいつもの微笑、という程度ではなく心底おかしそうで、花はあっけにとられた。
 「お前は」
 くつくつ笑いながら、文若は花の胸に顔を埋めた。笑い声がくすぐったい。
 「ええ? どうしたんですか」
 「いや」
 …わたしはお前以外要らん。
 胸をくすぐるように言われた呟きに、花は彼の頭を抱き込んだ。長い髪に指をすべらせる。
 彼は小さく笑い続けている。それを聞いて居るうちに花もなにか楽しくなって、笑い出した。文若に唇を塞がれ腰を抱き寄せられてなお、その笑みは緩やかな波のように花を浸していく。
 どこかで、ぱたり、と本が閉じるような音が聞こえた気がした。
 
 
 
(2010.10.22)

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