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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 都督リクエスト企画が続いております。
 頭の中ににこにこな都督が居座ってます。
 
 
 なにか寂しくなったので、文若さんと花ちゃんを更新。
 …あ、しかし、文若さん居ない! しまった!
 
 
 拍手お返事、ありがとうございます。過分なお言葉も頂戴しまして、恐縮しきりです。
 また改めてお返事させて頂きます。
 
 



 
 
 花は簡を持って回廊を急いでいた。
 空がとても暗くひと雨来そうで、おまけに風も強くなってきた。こちらの世界の雷はとても激しく、花は正直、苦手だ。こんな吹きさらしの回廊に居てはその音が直接響いてしまうし、衣も濡れてしまう。
 その時、向こうから人の気配がした。花が通常、行き来している場所は、高官か高位の貴族しか入れない。人とすれ違うような時はちゃんと礼を取って避けているように、という文若の教えもあるし、花は回廊の壁に身を寄せて視線が合わないように頭を下げた。
 何人いるのか、さわさわとした話し声と衣擦れは次第に近づき、そして花の前でぴたりと止まった。話し声も止み、強い風の音ばかりが聞こえる。花は床を見る視線を揺らした。
 「異国の鳥がこのようなところに止まっている」
 「まだご酔狂は続いておいでのようで」
 老人の声と、それに追従する低い壮年の男の声に、花は身を固くした。何を言い出すのだろう。
 孟徳に捕らわれてすぐの頃は、自分に関するうわさ話もずいぶんと聞いたが、この新しい都に越してきて文若に嫁いでからはまったく聞かなくなっていた。文若の側に自分が居ることが当たり前になってきたようで、嬉しかったのに。
 「しかし、それを丞相のところへも平然と行かせる男の気がしれん。」
 「なに、あの男も見せびらかしたいのでしょう。寵姫を託された事実を」
 「丞相も寵愛される異国の鳥だからな」
 花の髪飾りが、つと、揺れた。
 花が無言なのに焦れたのか、彼女の肩が軽く突かれた。簡を落としそうになり、深く抱え込む。
 「丞相が敢えて下賜した歌声とはどのようなものかな」
 (かし?)
 菓子、歌詞、仮死、と、言葉が花の頭の中を渦巻いて揺れる。
 「これ、鳥。令君はどのように鳴かせる?」
 …もし、下賜、だったら。
 (…このひとたちは、わたしが孟徳さんの女の人のひとりだったって思ってるの…?)
 血の気が引いた。腕の中の簡がかちゃりと鳴った。
 この声は、何度か、遠目で見たことのある老人だろう。いつも四五人で連れ立って歩き、自分たちしかこの世にいないような顔をしている。
 このひとたちは何も知らない、なにも知るはずはない。けれどそういう言われ方はない。
 文若がどれほど苦しんでいたか、あの日、どんな思いで馬を飛ばしていたか。太刀を受けた体からどんなふうに血が滲んだか。
 自分を娶る前にあのひとの地位は、努力はどうだったか。あなたたちの目から見て、誰かに劣るものだったか。下賜というならどちらにも非礼だと、心のままになじりたい。
 でも、顔を上げる訳にはいかない。顔を上げたり、反論したりすれば文若がまた悪く言われるだろう。それがどんな理不尽ないいかがりでも嫌だ。
 (嫌、嫌、嫌)
 必死に思い浮かべる。いつも落ち着いている表情、静かな筆の運び、茶をいれる時のゆったりした指の動き。自分の髪を梳く手の優しさ、口づける時の紅くなる目元、からめた指の熱さ。
 ふん、と、老人が鼻を鳴らした。
 「鳴かぬか。なかなかおのれの立場をわきまえている鳥だな。丞相に寵愛され令君に下賜され、それでこそ、その身も立つというものか」
 ゆっくり言うと、花を見る。
 「さようでございますな。こんなところで慎ましい振りで使い走りをするよりも、わたくしも、男を迎える香のひとつも教えていただきたいものだ」
 息が詰まりそうだ、と花はぼうっとした頭で思った。
 その時、ぱん、と手を鳴らす音がして、彼女はびくりと音のしたほうを見た。老人は狼狽えたように呟いた。
 「これは、公子」
 子建が、相変わらずの微笑みで立っていた。するすると音をさせずに歩いてくると、花と老人の間に立つ。彼は花に向き直り、その手を、簡を握りしめていた花の手に重ねた。とても冷たい手に僅かに力が込められ、花は瞬きして子建を見返した。だがそれを見返すことなく、子建はゆるりと彼らを振り返った。
 「あなた方もずいぶんとご身分があり、昔からこの府を支える方々です。それは我らが丞相もよくご存じでいらっしゃる。そして、あなた方も自分のあるじをよく分かっておいででしょう? 丞相がそのような情で高い位を他人にたやすく与える方かどうか、よくお考えになればよろしいかと思いますよ。」
 花から見て、子建の笑顔はいささかの揺るぎもなかった。ただ僅かにひそめた眉、少し低くなった声だけで、彼はあたりを圧倒していた。ああこのひとは孟徳の子なのだと花は思った。遠雷すら自分が呼んだかのように思わせるこの存在感は、確かに、目を反らすことを許さない「彼」に似ていた。
 老人は気色ばんだ様子で荒々しく礼を取ると、その場を去っていく。その足音が完全に聞こえなくなってから、子建は大きく息をついて花に向き直った。花がその顔を見上げる前に、その袖に体が包まれた。
 「助けるのが遅くなって申し訳ありません」
 髪を優しく撫でられる。
 「そ、んな、わたしは」
 「分かっています。悔しいでしょう。」
 そう言われた途端に、のど元にこみ上げてくる痛みに花は肩を強ばらせた。
 「あの、ひとたち」
 「ええ」
 「文若さんのことを悪く言ったんです」
 「そうでしたね」
 「文若さんの、ことを」
 花は簡を抱きしめた。彼が愛用する墨の匂いがする簡だ。噛み締めても噛み締めても、目尻が痛くなってくる。足下がぼやける。
 「文若、さん」
 「泣かないで」
 目元に、いい匂いのする柔らかい布が当てられた。花はびくりとして顔を上げ、その拍子に涙が一筋、頬を滑り落ちた。子建の表情は穏やかだった。
 「厳しいことを申しますけれど、あれくらいはまだ穏やかなほうですよ。宮中でのらりくらりしているわたしの耳にも入っていたほどですから。それでも、あなたのご夫君はあなたを望まれた。先程のようなことをあなたのお耳に入れていないのは、あなたに、愛しい方を望み望まれたことだけを抱いていればいいというご判断でしょう。賢明なあなたなら分かりますね?」
 一拍おいて、花は頷いた。
 家柄も、才能も、業績も溢れるほどに数え上げられるひとなのだと、おいおいに知った。ただそんなことは自分には何も見せないでくれた。何もかも晒して真っ直ぐに向き合ってくれた。
 「あなたはお強い。どうぞご夫君のように、頭を上げていなさい。」
 子建の声音は花に、もう会えない友を思い出させた。彼女たちも、いつも笑顔で励ましてくれた。この人は本当に自分と友達でいたいのだと、花はふいに感じた。
 花が頷くと、彼は微笑んだ。
 「ああ、その簡を届ける途中でしたね。」
 ふわりと身を引き袖を振る子建に一礼する。
 「ありがとうございました」
 ふいに頬を指が滑り、慌てて顔を上げると悪戯っぽく微笑んだ子建が、顔を近づけている。それと気づくまもなく、吐息が頬を滑って離れる。
 「しし子建さん!」
 「ご存じですか? ずいぶん遠い土地では、友はこのように挨拶するものらしいですよ」
 「失礼します!」
 花は急いで一礼し直した。その裾を、冷たくなった風がさらう。
 遣いを済ませて一刻も早く、文若に会いたい。文若のところに帰りたい。花はほとんど走るように歩き出した。
 
 

(2010.8.7)

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