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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 都督リクエスト企画です。
 リリーさま、リクエストありがとうございました!
 
 
 



 
 
 「あ、ねえねえ花、これ似合うんじゃない?」
 「えー大人っぽくない?」
 「そんなことないよ、君はずいぶんきれいになったからね。…ねえ、なんでそこで芙蓉姫の後ろに隠れるかな」
 「師匠が褒めるとなにかあるような気がするんです」
 「師匠の言葉は素直に受け取りなさいよ、可愛い弟子さん」
 「…はあい」
 「こうなんだからねえ、芙蓉姫」
 「あら、伏龍先生にはおわかりのはずでしょう?」
 まったく甘ったるい会話だ、と、公瑾は唇の端に力を込めた。こうしていないと微笑が保てないのだ。しかし、彼が表情を作る必要は、本当はまったくない。なぜなら、彼は部屋の外で会話を盗み聞いているからだ。
 公瑾は忌々しく閉まった窓を見つめた。ただの交易確認に、伏龍だけならまだしも、花がいじめられていないか心配ですのと上品に微笑む武闘派姫君までついてきている。敵情視察と疑われるような長逗留こそしないし明日には帰るのだが、気が抜けない。
 玄徳との同盟は、北の孟徳に対抗するための時間稼ぎだとこの陣営の誰もが思い決めてはいるが、それは予想外にみなを安堵させている。それには、この国に留まり、公瑾のかたわらを占めるに至った娘の存在も大きかった。
 「あの」都督が側に置く娘。
 「あの」周家の当代が選んだ娘。
 公瑾はそれと明言したことはない。しかしそれは二喬が触れ回ったことによって既にあるじまで知るところとなっていた。
 そのいまいましさを上回る事態が出来している。花が、すっかり彼らについて回っているのだ。
 もちろん、釘は刺そうとした。しかし、話し出そうとするその先から芙蓉姫がいかに頼りになるかとか孔明が自分の膝枕を好むとか、公瑾にとっては重要だが呉のためにはまったくならない話ばかりを聞かされ、疲れ果てた。仲間になったから嬉しいですと笑うばかりの少女に、あなたは本当に伏龍の弟子ですかと言うのがせいぜいだ。ちなみに、その嫌みに花はうーん、と考えて言った。
 「あ、でも、いまいちばんなりたいのは公瑾さんの弟子かも!」
 …弟子。
 彼をひどい目眩がおそったことは言うまでもない。しかし、この程度の言動にいちいち目が眩んでいてはこれから先やっていけない。公瑾には彼女を手放すつもりはこれっぽっちもないし、ましてあの「師匠」のもとへ帰すなどは断じてあり得ない。
 今も、その「師匠」になどまったく会いたくはない。しかし、明日は早いからと周の邸に住まわせている花に別れを言いに来た彼らに対し、邸の主人として必要だろう挨拶に寄ったまでだ。
 「ああ、やっぱり似合うわね。」
 ほれぼれ、といった感じの芙蓉姫の声が聞こえた。
 「玄徳様のお見立てはさすがね。」
 「公瑾どのの好みはちょっとキミには派手すぎるんじゃない?」
 (余計なお世話です)
 天敵の言葉に唇をかむと、朗らかな声がさえぎった。
 「そんなことないです。だってそれが公瑾さんの好みなら、わたしはそういうのが似合う女の子になりたいです」
 部屋のなかが、一瞬、しん、とした。
 あたりの気温が急に上がった気がする。
 「…やれやれ」
 「処置なしね」
 「ホント、このボクがあの男だけはやめろって言っても聞かないんだから」
 「師匠、ひどい!」
 言いたいように言ってくれる。公瑾は、鼻を鳴らした。
 「本当にねえ」
 念を押すような声が聞こえてくる。
 「師匠は、公瑾さんへの評価が厳しすぎます。わたしはいま、公瑾さんの弟子になりたくて頑張ってるのに」
 「へええええ。恋人じゃなくて、弟子?」
 「だって公瑾さん、なんでもできるんですもん。…顔だってきれいだし、武芸だって…その隣に居ようと思ったら、公瑾さんに弟子入りするしか…」
 心細く小さくなる声に、ぺちっと何かを叩いたような音がかぶった。公瑾は目を細くした。
 「いたい!」
 「馬鹿だねこの子は。公瑾殿が好きだからって、公瑾殿になることないでしょ。」
 「ししょう…」
 「公瑾殿はいまのキミが好きなんでしょ。じゃあ今のキミを磨きなさい。やれやれ、こんなんじゃ、まだボクの弟子を卒業させてはやれないね」
 前半は不本意にもその通りだが、後半は余計なお世話だ。「…はい」という小さい声が聞こえた。
 「じゃ、仕上げをしてあげよう。ほらちょっと、こっちをご覧。」
 急に孔明の声がなだめるような甘さを帯びるに及んで、ついに公瑾は扉を押し開けた。芙蓉がこちらを見る。花は目を閉じたままで、こちらを見向きもしない。
 孔明がその唇に紅をさしている。丁寧に、優しく、小指が、花の唇をなぞっている。女の顔をした愛しい娘に、その息がかかるほど顔を近づけて。
 頭がくらくらする。
 「花」
 声がぶれたのは不本意だったが、仕方がない。呼ばれて初めて目を開け、こちらを見た彼女は輝くように笑った。公瑾の気分が僅かに晴れた。あの笑みは、自分だけのものだ。
 「あ、もうお仕事終わったんですか?」
 「ええ。…何をしているんですか」
 地を這うような声にも構わず、花はにっこり笑った。
 「きれいにして貰ってます」
 花は、すらりと立ち上がった。公瑾の与えた香が彼女の躰に馴染み、目も眩むような気配で彼を誘う。
 「見てください。玄徳さんが下さったんですよ。」
 白地に赤や桃色を主とした糸で全面に手の込んだ刺繍がされている衣だった。生地は厚めで、いかにも寒い土地で見繕った衣という感じがする。南のこちらではほとんど出番がないかもしれない。船に乗る時に使えとでも言うのだろうか、と公瑾は袖の中で手を握り込んだ。
 思わず目を奪われるのはその柄だった。それはすべて吉祥柄で、本来なら諄いはずのその吉祥尽くしは配置も糸色も選び抜かれ、花の素朴さと明るさ、若さを全身で謳っている。
 あの衣と同じだ、と公瑾は内心で歯ぎしりした。彼の前に初めて現れた時の花と同じ、彼女の初々しさを強調した、玄徳が望み夢見る彼女。それが僅かでも、自分の望む暖かさに重なっているからなおさら腹が立つ。公瑾はゆっくり微笑んだ。
 「たいそう手が込んでいますね」
 花は頬を染めて頷いた。
 「公瑾さんも気に入ってくれました? 嬉しい」
 「…そうですか」
 「だって、公瑾さんにきれいだって言って貰いたいし」
 耳まで紅くなり、彼女が俯く。孔明と芙蓉姫が同時に目を細くし、やれやれと言いたげな顔になる。公瑾は静かに花のもとに近づいた。
 「では、この衣が必要になる寒い時期まで、大事に保管いたしましょう」
 その衣をさりげなく脱がせると、公瑾の選んだ衣を着た花が現れる。清しい江東の空のような青こそ、彼女にふさわしい。彼はその衣を手に持ったまま、優雅に孔明と芙蓉姫に礼を取った。孔明がおや、というように眉を動かした。
 「政務が立て込んでおりますので、これにて失礼いたします。どうぞごゆるりとご歓談ください」
 誰も言葉を挟む隙を与えず手を叩き、現れた侍女に茶菓の用意をいいつける。それを見ながら、彼は花に向き直った。
 「花、孔明殿と芙蓉殿を丁重におもてなししてください。」
 まるで妻に指示するように言うと、孔明の目が細くなった。花が満面の笑みで頷く。
 「はい!」
 その有様は本当の妻のようで、公瑾は横目で孔明を伺った。天敵の目がすいと逸れ、芙蓉姫と何事かささやき交わす。そのまま彼は部屋の外に出た。手が自然に衣を強く握りしめる。
 (玄徳殿…玄徳殿)
 この同盟の危うさを身にしみて感じているあなた、そしてあなたの信頼する軍師。その不安がそのまま表れたようなこの衣をわたしの想い人に送るとは。
 (なぜ、そっとしておいてくれない。なぜわたしだけの花にしておいてくれないのだ)
 それが本心、「兄」や「師匠」としてならば自分も頷こう。しかし彼らは、向けられた想いの分だけ己を返そうとする素直な可愛い娘と知り抜いてなお、花の視界に居ようとする。
 そこにはわたし以外、誰も入れるものか。
 公瑾は、ふと、唇の端をつり上げた。
 (ではわたしは、あの娘をどこまでも美しくしてみせよう)
 誰もが仰ぎ見るほど気高く、手本にと願うほど優しく、うかつに近づけぬと想うほど艶やかな娘に――妻に。
 公瑾は衣をばさりと肩にかけると、大股に歩き出した。
 
 
 
(2010.8.7)

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