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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 もうこたつを出しました。今年はこたつも暖房も新品。真冬になってから壊れるよりはいいですが…
 
 
 
 本日は、文若さんと花ちゃんです。
 
 


 
 
 
 文若は玄関で立ち止まった。彼を出迎えた家令が怪訝そうにその顔を見上げる。
 「どうなさいました」
 「花はどうした?」
 今夜は夕餉をともに取ろうと思い、早い時間に帰ってきた。それなのに、休みなら走って出迎える妻がいない。家令は深々と頭を下げた。
 「ご主人様がお許しになった琴の師が本日からおいでになりました。そのおさらいをなさっておいでです」
 「しかし、もう夕刻だぞ?」
 確かによく耳を澄ませば、ぽん、ぽん、と途切れがちな音が聞こえる。家令は僅かに眉尻を下げた。
 「あと少しだからと仰いまして」
 文若は眉間の皺を深くした。このような刻限に、宴でもないのに音曲とは、隣人に聞こえも悪い。文若は軽く首を振って、音を辿った。音は、離れから聞こえるようだ。彼は足早にそちらに向かった。
 離れといっても東屋に毛が生えたようなもので建物は一間きりしかなく、文若が独り身の時はほとんど使われたことがない。文若ほどの高官の屋敷ならばこれくらいの規模は要るだろう、という非常におおざっぱな見込みで付け足された、飾りのようなものだ。
 花が嫁いで、庭があそこからなら一番きれいに見えるからと笑って、文若に手入れをねだった。装飾品や衣をほとんどねだったことがなく、(丞相によれば)まるで自分を映したかのように地味な装いを好む妻だ。それが悪いというのではない。華美な装いをしたがる娘ではないことは分かっていたが、それがかえって、愛しい妻が美しい姿をするのを見たいと言い出せなくなっていた。
 だからその申し出を文若は内心、非常に喜んで許した。離れは簡素ながら行き届いた手入れがされ、ふたりで庭を見ながら茶を飲むこともある。そこは妻の香りが満ちて、寝室のような寛いだ雰囲気があった。
 文若が離れの扉を開けると、薄暗くなった部屋で琴を見据えていた花が、弾かれたように顔を上げた。
 「いま帰った」
 「やだ、ごめんなさい! 出迎えもしないで」
 あたふたと立ち上がる妻の肩から、薄布が滑り落ちる。白く細い糸で編まれた天女の衣ほどに軽い、美しい花模様の肩掛けだ。春先に、ともに出かけた市で買ったそれを彼女は非常に気に入って、しょっちゅう身につけている。肩掛けを拾い上げると、花は申し訳なさそうに頭を下げた。
 「おかえり、なさい」
 文若は眉間に皺を寄せた。――やはり様子がおかしい。いつもならおかえりなさいと笑顔で飛びついてくるのに。
 丞相でも昼間に来たか、と思うが、彼は今日は非常に真面目に仕事をしていた。花は何に心を乱しているのだろう。僅かに考え、しかし彼はひとつ息をついて花の肩を抱き寄せた。
 「どうした」
 え、という吐息寸前の声が胸元に触れた。
 「休みのはずではなかったか。」
 「えと、休み、ですよ? 休んでましたよ」
 「琴など、それほど必死になって習わなくてもよかろう? 第一、お前がまず卓越すべきは詩や書だと言っていたろう」
 「でも!」
 花が顔を歪めて文若を見上げた。もう潤んでいる目にぎょっとする。
 「文若さんは偉いひとです。その奥さんになってしばらくたって、お仕事のお手伝いとか、食事をつくったりとか、そういうことはずっとちゃんとできるようになりました。でも、それだったら誰でもできます。仲達さんの奥さんはきれいで刺繍も上手いとか、公達さんの奥さんは、とか、そういう、なにか、『文若さんの奥さん』にふさわしいことをわたしも、何か」
 「花」
 静かに遮ると、花は唇を噛んで文若の胸に顔を押しつけた。休みのことで、結っていない柔らかな髪を指で梳く。
 「いまさら何を、焦る」
 「わたしは何も持ってないって思って」
 「…花」
 「それは、文若さんと結婚する前だってさんざん考えました。家柄とか後ろ盾とか美貌とか才能とか…第一、文若さんには縁談が来てたことだってあって」
 「昔のことだ」
 「そうですけど!」
 「お前は、わたしの必要としているものは、何でも持っている。」
 文若は彼女を胸元から引きはがすようにして目線を合わせた。俯こうとする白い頬を両手で挟む。
 「わたしを見届ける目、わたしに微笑む唇、わたしを暖める手」
 唇と、まぶた、唇、うなじと軽く口づけながら下ろしていくと、花が身をよじる。それを遮ってまた抱きしめる。
 「何より、わたしを好いていると告げるお前のすべて。…これにかなうものなど、何も無い」
 襟元がきつく握られた。唇を噛んで、しかし泣く寸前でどうやら我慢している妻の髪を撫でる。
 「琴は、暖かくなってからにしなさい。この建物は冷える。扉を開け放てる季節になったら、思うだけ稽古をすればよい。わたしの妻は努力家で、字もたいそう早く覚えた。だから夏にはひとつくらい、曲を弾けるだろう」
 文若からすれば子どものような速度ではあったが、確かに彼女は自分のかたわらで積み重ねたものがある。それを思い出すと心が熱くなる。
 「さあ、夕餉をともにしよう。」
 促すと、まだ目元の紅い花は、ようやく、頷いた。
 「あの…もうひとつ、あるんですけど」
 「今度は琵琶でも習いたいのか」
 「そうじゃなくて…ええっとその、文若さんにあげられそうなんです。」
 「…なにを」
 赤ちゃん、と真っ赤になって呟いた花に、思考が止まる。おそるおそる、花が見上げてきた時には、自分でも分かるほど眉間に力が入っている。
 「それで、琴だの何だのと焦ったのか」
 「なんだか体調悪いなあって思ってたんですけど、夏は特別暑かったからそのせいだろうって思ってて。でも冬の前に治しておこうと思ってお医者さんに診てもらったら、その、赤ちゃんだって…きゃ!」
 文若は手荒に花を抱き上げた。足で扉を蹴り飛ばし、母屋へ急ぐ。
 「文若さん!」
 「先に言え」
 「だ、だって何かこう、言い出しにくくて」
 「何故だ」
 「ほら、文若さんが褒めてくれたこととか、一緒に出かけたことを思い出すとくすぐったくなるのと同じですよ!」
 「一緒なのか」
 花がもう何も言わず文若の首にしがみつく。
 …文若さんが好きって思ってくれたしるしだから。
 囁く声に、腕に力が入る。花は、こんな幼さを残したままだ。
 あの苦悩が続く日々、こんな時が来ようとは思ってもみなかった。足がまるで雲を踏むようだ。
 ありがとう、とかろうじて呟いた声に花はまた、抱きつく手に力を込めた。
 
 
 
(2010.11.2)

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