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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと花ちゃん。婚儀後すぐ…くらい。





 花が燭を持って玄関に歩いて行くと、向こうからやってきた若い侍女が膝を折り頭を垂れた。花は彼女の前で立ち止まった。
 「文若さんはまだでしょうか」
 侍女はかすかに小首を傾げた。
 「ご帰宅が遅れるというお知らせは届いておりませんが…こんな日ですとなおさらご心配でございますね」
 痛ましそうな表情に、花は慌てて俯いた。
 いつだったか帰宅の遅かった文若が、花を起こすに忍びないと隣室で休んでいたのに気づかず、家中探したことがある。文若からは落ち着けと注意をうけ、侍女たちからは新婚でございますものねえと意味ありげに微笑まれて困った。
 雨の音が小さくなったようで、花は外を見た。この季節に珍しい寒風を伴う嵐は朝から吹き荒れ、木の枝が庭に散乱していた。ともに休日だった夫は、様子を見てくると言って登庁したきり夕暮れのこんな時分まで帰らない。供の家人は、文若のたいそう忙しいことを告げに戻ったけれど、彼が忙しいなんて今更だ。花は恨めしげな眼差しで薄暗い外を見透かした。
 荒天と分かった時、不謹慎だけれどとても嬉しかった。肌寒いと言えばいつもより側に寄ってもたしなめられない。以前、そういう天気の時に隣り合って簡を読んでいて、いつの間にか文若が居眠りしているのを見付けた時は幸せで溶けるかと思った。ああいうことがまたできると思ったのに。
 吹き込んだ風に灯りが揺れた。侍女が慌ててそれをかばう。
 「もうずいぶん暗くなって」
 独り言のような侍女に、花は大きく頷いた。
 「文若さん、もう職場を出たでしょうか」
 「花さまがお待ちですもの、早くお帰りになります」
 「そうだといいなあ…」
 仕事熱心を責めはしないけれど、奪われて嬉しくもないのだから、早く帰って来て欲しい。帰って来たら飛びついてみようかな、と花は内心で含み笑いをした。
 「今日は、ご主人さまのお好きなものをお作りになったのでしたね。」
 「好きなもの…なんでしょうか」
 花は突然不安になった。文若が献立の意向を言うのは珍しかったので頑張っただけだ。
 「ただの…えっと、よく食べる汁物ですよ?」
 「それでも、花さまがゆっくりお食事をお作りになるのは久しぶりでございますわ。だからこそご主人さまもそうお申し付けてお出かけになったのでしょうから」
 花は燭を見つめた。
 文若は、自分がともに立ち働くことを後悔することがまだあるだろうか。自分なりに頑張るだけで、彼のように働けはしない妻をうっとうしく思ってはいないだろうか。
 …自分なりに。
 なんて重くて、なんて軽い言葉。
 花はぎゅっと目を瞑り、小さく首を振った。こういう感情は、いつも自分を揺り戻す。普通という言葉にほとんど怯えるようにしながら、揺れる影を追わずにいられない。
 でも怯んでなんかいられない。日々は後から振り返ればいい。歩幅以上のことはできないのだし、何より自分には、側で見てくれるひとたちがいる。一歩でも、進むつもりでいれば。花は侍女を見た。
 「あの、あと一品、夕食に追加してみたいんですけど」
 侍女はまあ、と言って、楽しげな目になった。
 「それはお喜びになると思いますけれど。…でももう、ご主人さまはお帰りのようですわ。」
 翻った袖のほうを見れば、外套の裾を重たげに払っている文若が家人の掲げている灯りにぼんやりと見える。花は侍女に燭を渡した。持っていたら飛びつけない。
 「文若さん!」
 呼ぶと、文若が眩しそうに、いつもよりずっと眼を細くしてこちらを見た。その時にはもう、花は彼の胸に飛び込んでいた。
 「お前まで濡れる」
 低くたしなめる声が嬉しくて、花は抱きつく力を強くした。
 「おかえりなさい!」
 まったく、と言いながらゆるやかに肩に手が添えられる。
 「濡れて風邪でもひいては、ともに出仕できなくなるぞ」
 「…はい!」
 花がしっかりと頷いてみせると、文若はとても柔らかに微笑んでただいま、と囁いた。


(2012.1.7)

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