二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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文若さんと、花ちゃんです。
急に冷たい風が強く吹き込んできて、花は顔を上げた。巻き上げていたすだれが、ざん、と壁にぶつかる。花に刺繍を教えていた年かさの侍女が表情を険しくした。
「雨ですか」
「空が暗うございます。」
侍女は低く言い、手早く刺繍道具を片付けた。戸を下ろし、部屋に顔を出した若い侍女に屋敷じゅうの戸を下ろすように言いつける。こういう時、彼女たちの対応は早い。花もこちらに慣れたつもりだが、ガラス越しに外を見る感覚が抜けきらない。激しい風に揺れる大樹や流れていく雲を目で追ってしまう。
薄暗い部屋に、細くした灯りを持って侍女が戻ってきた。
「刺繍をお続けになりますか?」
花は笑って首を振った。
「自分の指をさしてしまいそうだから止めます」
侍女はちらりと苦笑した。
「奥さまのおからだには、ご主人さまはことのほか気を付けていらっしゃいます」
花は思わず遠い目になって天井を見た。
「そうです…この前も、暗くなったら針を持たないようにって言われました」
「あのときは、指に深くさしておしまいになりましたから…わたくしどもが不注意でございました」
深く頭を下げた侍女に、花は慌てた。
「いいんです、すぐ治ったんだし」
文若の上着をぜんぶ自分で仕立てようと思い張り切っていたから、怪我などどうでもよかった。しかし、ひどく心配した文若に「舐めておけば治ります」と言ったのを逆手に取られ、閨でさんざんねぶられたことのほうが恥ずかしく、できれば思い出させて欲しくない。その後も手についていた墨を孟徳に拭き取られていたのを叱られたり、あの頃は妙に手にまつわることがついて回った。
部屋が暗くなった所為で肌寒いと思った彼女の肩に、まるで心を読んだように侍女が薄布を掛ける。花は彼女を見あげた。
「文若さんは今日は遅いんでしょうか」
侍女は優雅に首を傾げた。
「まだ使いは参っておりません」
言い終わるより早く、雷が聞こえた。花は首を竦め、窓の方を見た。打ち付ける雨音はいよいよ激しくなる。
「ずいぶん強い雨ですね」
「さようでございますねえ…」
侍女が眉をひそめる。使いが来ていないか確認しに行くのだろう、足早に部屋を出て行った。部屋はしん、となった。
子どもだったなら、傘を持ってお迎えにいくところだと花は眼を細めた。いまはこの天候によって増減する文若の仕事を心配せねばならない。実際に迎えに行ったらきっと、延々お説教だろうと花は肩を竦めた。
(いつだってあなたはわたしの心配ばかり)
確かに、文若に比べれば至らないところばかりだ。それでも、花しか知らない――知らせないところはある。花を膝の上に乗せていると機嫌がよくなるとか、花の衣を選ぶのが好きだとか、寝起きで無意識に甘えることとか。彼女はくすくす笑った。彼を思い出すのも楽しいなんて、結婚してからもこんなに好きなことって、あるんだろうか。
ひっそりと扉が叩かれ、先程の侍女が顔を出す。花は慌てて身を起こした。明るい笑顔に、何を告げられるより先に花の肩の力が抜けた。
「ご主人さまは定刻にお戻りになるそうです」
「良かった。じゃあ、雨に濡れてくるだろうから衣と湯浴みの準備と、夕ご飯の準備をしましょう。」
侍女が柔らかく頷いた。花は立ち上がって、文若の好きな献立について考え始めた。
(2011.4.6)
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