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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 幻灯18と同じループっぽい。
 
 


 
 
 
 伯符は顔を上げた。琵琶の音が聞こえる。ひとふしを繰り返し練習しているようだ。さてはと思って手を伸ばせば、いつの間にか隣は広く、敷布は冷たい。彼は唇を噛んだ。
 彼女は朝に姿を消す。その肌の甘さを寝息のあどけなさを弱い光の中で味わっていたいのに、彼女は許してくれない。
 隠し通さなくてはならない仲ではない。周家の娘であれば、伯符に嫁してもおかしくはなかった。伯符も、それを繰り返し言う。妻のひとりとしてではなく、ただひとりの女として愛しみたい。しかし返答をせず困ったような笑顔だけ残して女は居なくなる。そうして琵琶を鳴らす。伯符は起き上がって髪を乱暴にかきあげた。彼女があんなに愛しんでいなければ、とうに琵琶を取り上げている。その焦りを見透かされるようで居心地が悪い。
 軽い衣を羽織って寝台を出ると、大河の川音がくぐもって聞こえる。扉を開けると、うすい霧が立ち込めていた。肌に触れる空気は暖かいのに、霧のせいか寒く思う。昼までには消える霧だ。
 旋律がふいに聞こえなくなった。調弦のような、ぽろり、ぽろりと頼りない音ばかりが聞こえてくる。旋律なら追うはたやすいのに、俺が起きたことをわかったのだろうか。彼は苦笑した。彼女は神ではないというのに、度し難い。伯符は回廊を進んだ。
 思った通り、彼女は荒れた中庭の寂れた東屋で琵琶をつま弾いていた。どうぞ新築しないでくださいねと珍しく甘くねだった彼女の意を今は汲んでいるが、本当はここに居て欲しくなかった。彼女が、あまりにその景色にしっくりと溶け込んでいるからだ。まるで古い物語のように…ここにあるはずがない景色のように。
 琵琶の音色がふっと変わって、伯符は瞬きした。
 激しい、太い音が流れる。横顔は硬く、唇を食いしばっているのが分かる。ぼんやりとその様子を見ていた伯符は、はっと、凭れていた柱から身を離した。
 男が立っていた。
 男はうす藍の、夜明け前の衣を着ていた。白皙の整った顔立ちにそれはよく映えて、話に聞く遠い氷の山のように冴えて見える。気品ある顔立ちなのに柔弱とは呼べない底知れなさがあった。その男はごく自然に伯符が想う女の髪を撫で肩を抱いた。さも愛しげに髪に頬を項に唇を寄せ労る眼差しを向けている。伯符がにらみ据えていると、男はふと顔を上げ、伯符と目が合った。
 彼は細い眼を見開き、動きを止めた。眉間からすっと血の気が引き、唇を震わせる。長い間離れていた肉親に会ったような激しい衝撃を受けたように見えた。伯符は彼を知らない。なのに彼は明らかにこちらを知っている。
 太い音色だけが、男たちの間を行き来する。何も言えずにただ突っ立ているうち、相手は腕の中の彼女に目を落とし何か思い当ったように痛ましげな目をした。そして伯符を正面から見つめた。敵意というより恨む視線に、伯符は戸惑い、そして唐突に思い当たった。
 もしや彼女が固く秘し、追い続けるのは、「彼」か。
 証拠はなにもない。だが、背筋を一瞬に這い上がるこういう勘は当たる。
 音が静かになっていくにつれ薄れていく彼は、宣戦布告するような一瞥を最後に姿を消した。
 「まあ、伯符」
 夢から覚めたような公瑾の声に、伯符は我に返った。あどけない笑みでこちらを見上げる女の衣の肩が落ちている。白いまるい肩だ。男のことなどまるで知らぬと夢想させるほど白い肌にあの男が爪を引っかけるさまを想像した途端、体中が熱くなった。
 女は琵琶を抱いて歩いてくると、伯符を怪訝そうに見上げた。
 「どうなさいました?」
 …彼女に問えば、肯うだろう。そうだ、こういう勘は当たる…伯符は深く苦く笑った。女の手を取り、回廊に引き上げる。
 「朝からずいぶん激しい曲を弾いていたな」
 公瑾は、ぼんやりとした眼差しで微笑んだ。
 「弾きたくなりました」
 それだけを言って、伯符に手を委ねたまま、笑う。抱えられた琵琶は彼女のように黒漆だけが艶やかに光る。
 「…琵琶を、あつらえてやろうか」
 「どういう風の吹き回しですか?」
 口元を覆って微笑する女の肩に自分の上着を掛ける。
 「わたしの琵琶はお嫌いではなかったの」
 「お前を嫌ったことなんかない」
 そうだ、嫌うことができない。
 「せいぜい、女らしいのをな。花が散る柄がいいか、それともこの間連れて来られたあのしゃべる鳥の柄にしてやろうか」
 「いりません」
 あの男とまるで逆な柄を贈ろう。熱夜の夢のような、暗い海のうねりのような、艶やかで目眩のする――まるで彼女のような柄を作ろう。
 「朱もいいな」
 「聞いておられますか、伯符」
 伯符は、絡めた指に力を込めた。
 
 
 
(2011.4.7)

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