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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 次回の更新は5月中旬になっちゃうかもですが、またよろしくお願いします。
 連休前、これが最後の更新。いやー、3月からこっち、このゲームであけてこのゲームで終わった~。

 みなさま、よいお休みを。


 






 花は、そっと扉を開けた。
 消えそうに瞬く灯の中、机の上にうずくまった影がある。花は足音を忍ばせて近づき、文若の肩に触れた。冷えた肩が大きく揺れる。うたたねを起こされた反応としては大きく、花は慌てて手を離した。
 「はな…?」
 「はい。もう夜中ですよ、文若さん」
 文若は何か呟きながらあたりを見回した。何度か瞬きをし、花に目を戻す。寝起きのこのときだけ、彼は幼子のように見える。
 「ああ、花」
 「はい」
 花は微笑んだ。
 「そうか、もう夜か…」
 「はい。明かりが消えちゃいそうですよ、ほら」
 花が指さした途端、明かりが消えた。反射的に身を竦ませる彼女の手を、文若の手が包み込む。花は体の力を抜いた。
 「お前はどうしたのだ?」
 暗闇にぴんとした声が通り、花はそちらに目を凝らした。すぐに彼の顔が見えてくる。
 「…まだ、文若さんの部屋に明かりがついていたので」
 「お前の部屋からここは見えぬだろう。」
 ぴしりと言われ、さっきとは違った意味で花は首をすくめた。
 「だって…」
 「夜にひとりで出歩いてはならんと言っただろう? まったくお前は警戒心が育たぬ。」
 「すみません」
 文若は息をつきながら立ち上がった。花の肩に手を置く。
 「部屋まで送っていく。」
 窓越しの月に、文若の顔が白く見える。今夜は雲が早く飛んで、その顔も時折暗くかすむ。歩き出そうと手を離した彼の袖を、花はとらえた。
 「…あの」
 「なんだ?」
 「わたしを送ってくれたら、文若さんも寝ますよね?」
 「うん? ああ、そうだな…灯心も消えたし…いや、明日の朝一番に丞相に見ていただかねばならぬ書簡の準備がまだだ。お前を送ったら戻る」
 「じゃあわたし、文若さんが寝るまでここにいます」
 「何をばかなことを。もう夜も遅いのだ、お前は寝なければ」
 「夜も遅いのは文若さんも一緒です!」
 思わず花が口調を強めると、文若の体が揺れた。
 「花」
 「夜に部屋を出たことは謝ります。でもそうやって遅くまで仕事して、こんな風にうたたねしてたら、昼にきちんと仕事できるんですか?」
 文若の顔が歪んだ。
 「どう、したのだ?」
 「だって…」
 捉えたままの彼の袖を強く握る。
 「昨日もおとといも、ずうっとずうっと、夜は遅いじゃないですか。文若さんひとりが孟徳さんに仕えてる訳じゃないのに。」
 「花、花、どうしたのだ? 落ち着け。」
 「嫌です、落ち着きません!」
 文若はうろうろと手を花の髪や肩にさまよわせた。
 「どうしたのだ…お前らしくもない」
 「わかってます!」
 夜に会うのはだからよくない、と花は分かっていた。それでも、確かめずにはいられなかった。回廊に出て、角をいくつか曲がるとこの執務室が見える。灯りを確かめ、ため息をつく。それが最近の習慣になっていた。
 正確な時計はないが、月の場所でなんとなく時間は分かる。毎晩、驚くほど遅くまで灯りはついていた。
 「か、過労死って言葉があります。」
 強い言葉は跳ね返り、花の身を震わせた。文若が不審そうに、また不安げに瞬きする。
 「かろう、し?」
 「働きすぎて、ある日、突然倒れちゃって死んじゃうんです。文若さんは、わたしは文官だからって二言目には口癖のように言うけど、それだって戦死、じゃないですか。…クラスメイトのお父さんがそうなっちゃって、わたし、その子に何も言ってあげられなかった。」
 かなたちのようにいつも一緒の子ではなかった。しかし、その子の影がどんどん薄くなっていくのを止めようがなかった。気づけば彼女は転校し、まるで最初から居なかったかのように日々は進んでいった。
 文若が軽く咳払いをし、花は我に返った。
 「男には、そうせねばならない時もあるのだ。仕方ない」
 「分かりません!」
 「花!」
 「仕方ないなんて許しません。そうなったらわたし、孟徳さんのお嫁さんになりますから!」
 文若の体が大きくよろけた。目をいっぱいに見開いた彼などほとんど見たことがない、と心の片隅で思う。
 「そうですよ、孟徳さんのところに行って、いっぱい好きなもの買ってもらって着飾っておいしいものたべてきれいなお姉さんたちとうふふあははって毎日お茶会をして暮らすんです! 文若さんなんか、文若さんなんかわす、れて…」
 突然伸びてきた腕は、呼吸が止まるほどきつく花を抱きしめた。そのままずるずると床にへたりこむ。
 「止めてくれ」
 彼の声は心底苦しそうだった。止めろ、止めてくれと何度も呟く。
 「お前が、お前が丞相の…丞相のものになるなど」
 花は、震える息を吐いた。
 「ご、ごめんなさい…ごめんなさい、八つ当たりです。わたし、文若さんが大変なことしか分からない。いつまで経っても心配しかできない」
 抱きしめられたまま、花は苦く笑った。母も、父をこんな気持ちで思いやっていたのだろうかと思う。どこまでも近くで寄り添いたいのに、誰よりも遠い。その距離は決して埋まらない。
 文字が上手くなったと褒めてくれれば嬉しかった。お前が淹れる茶がうまいのだとそっぽを向かれて笑った。ふと合う視線を求めてずっと彼の横顔をみつめていれば、不審さを装い照れてくれた。そんなことばかり思い返し温めていると、夜にともる灯りが怖くなった。ここに残ってもう何ヶ月にもなるのに、文若の気性は分かっているつもりだったのに、そう思ってしまう子どもの自分を、働き続ける文若の灯りが拒絶している気がした。
 (お前のような人間はお前以外にいない)
 ――そう、言ってくれたのに。
 文若の腕の力が僅かに緩んだような気がした。
 「わたしもさっき、ゆめをみていた」
 ぼうっとした声が、花の耳を掠めた。小さい、聞き取りにくい声だった。
 「お前が真っ白な光の中で笑っていた。帰る方法が見つかったんです、と、とてもきれいに、わたしが一番好きな顔でこちらを向いて手を振って…笑って…笑っていたのだ! 止めるすべが、分からなかった。」
 花は、広い背に手を回した。
 …誰からも頼りにされているひと。笑顔を見つけるのに苦労するくらい、いつもしかめ面で国の行く先を思っているひと。でも無防備に温もりをくれるひと。花は大きく息を吸った。
 「簡単です」
 なに、と息だけが動いた。
 「わたしを好きって言ってください。…ずっと」
 彼の体が瞬時、強ばる。
 「それだけがほしいです。それしか、要りません。」
 文若の腕から、少しづつ、本当に少しづつ力が抜けていく。長い間かかって、花は文若の顔を見ることができた。彼は、途方にくれた表情を浮かべている。
 「実際に口にされて、こんなに衝撃をうけるとは思わなかった」
 「え?」
 「花」
 「はい」
 「早く婚儀を行おう」
 花は息をのんだ。
 文若がいつものように赤くなっていない。いつも、ほんの少しの甘い言葉でも耳まで赤かったのに。宣戦布告しているような、真剣な顔だ。
 とん、と文若の額が花の肩に触れた。
 「わたしは出来損ないだ」
 「文若さん!」
 「お前はもう、最初に会った時の、うろうろした小娘ではないのに。いつまでも小鳥のまま肩に乗っていてくれるような、勝手な思いこみをしていた…」
 肩に顔を埋めたまま、文若の手が花の手をさぐる。言葉で戦うひとの大きい手が、花を求めて頼りなく揺れる。花は指をそっと触れた。びくりと彼が止まり、指が強いちからで絡む。
 「婚儀、だ」
 「文若さん…」
 温もりがどんどん熱くなっていく。花はくすりと笑い、自分も同じように赤い顔をしている、と思った。ふと重みが離れ、不満そうな視線が彼女を薙ぎ、あさってのほうを向いた。
 「婚儀を申し入れているのだぞ。」
 「は、い…」
 「…いまのは、承諾だな?」
 「はい!」
 花は力一杯、年上の彼に抱きついた。




 孟徳は暗い部屋を開けた。僅かな風に揺れる帳の隙間から差し込むうす蒼が、部屋を水底のように見せる。
 きちんと整えられた、金具も新しい衣装箱と真新しい衣の匂い。彼はひっそりと微笑んだ。
 部屋のいちばん目につくところに、花嫁の飾り物がまとめておいてある棚がある。螺鈿細工の黒檀の飾り棚は、彼が婚儀の祝いに贈ったものだ。うすくれないの玉のこぼれる髪飾りを手に取って、孟徳は目を細めた。
 明日は花と文若の婚儀だ。
 王佐である文若に娘を縁づかせようとしていた者たちはどこのものとも知れぬ娘、と影で毒づいたが、それもじき消えた。孟徳がさんざん口出しを楽しんだからだ。花と衣の色目を合わせては、文若の絶対零度の視線を浴びせられた日を思い出し、唇の端が少し上がる。式は盛大になろう。空は晴れて、美しい宴の夜が訪れるだろう。手の中で振ると、飾りはかすかな音を立てた。
 孟徳は袂から髪飾りを取り出した。かたちは寸分違わない、だが赤みの強い珊瑚玉をあしらった髪飾りと取り替える。
 「花ちゃん」
 呟くと訪れる胸の痛みを楽しむ。
 君ならきっと、この未練も笑ってくれるよね。それとも心配するかな、怒るかな。どれでもいい、君なら泣き顔も笑顔も同じように甘い。
 …ねえ、知ってる? 可愛い可愛い、異国の娘。水底から見る月も、同じようにきれいなんだよ。
 孟徳はきびすを返し、振り返らずに部屋を出た。彼の袂からは、淡い音がずっと聞こえていた。


 

(2010.4.30)

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