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「穂に出でて」の続編ということでしたので、後日談です。
今回もオリキャラさんが居ります。お気をつけください。
花は、弾むように歩いていく侍女の後姿を見つけてほほ笑んだ。小走りに近づく。気配を感じたのだろう、振り返った彼女の丸い目がさらに丸くなった。
「あら」
「こんにちわ。休憩ですか?」
なぜなら、この先には厨房があるからだ。彼女は仕事がたてこんでいないときは必ずそこで休憩する。相手は、ふくふくした顔をほころばせてうなずいた。
「そうなの。あなたはお湯をもらいにいくの?」
文若のための行動がきっちり把握されていることに顔を赤くする。
「いえ、わたしも今日はひとりで休憩なので…」
文若は、今日は朝から来客がひきもきらない。官たちとはまた別の客らしく、ずいぶん時間をとられていた。それが途切れたほんの間に、休憩に出された。茶をもってきましょうかと言ったら、つよく辞退された。だから、花の休憩はもしかしたら口実で、自分に聞かせたくない、高官たちだけの話でもあるのかもしれない。それがさびしいとは思うまい。彼の仕事とはそういうものだ。
「ああ、じゃあいっしょにお茶をのみましょ。」
「ありがとうございます、お菓子は作ってきたんです。焼き菓子です」
花が手巾の包みを出すと、娘の顔がさらに輝いた。彼女には以前も、文若や孟徳のために試作したクッキーを食べてもらったことがある。ドーナツもどきを試作したときもいっしょに食べた。少しばかり揚げすぎて油っぽくなってしまったそれを、ぜいたくなお菓子ねと笑いながらきれいに食べていた。
「うれしい! あなたの作るものって珍しいわよねえ。おいしいけど。」
「よかった」
娘は肩をすくめるようにした。
「お前はなんでも食べるだろうって言われるのよ、ひどいと思わない? おいしいものが好きだもの」
「でも、そのおいしいものをさがすのにいろいろ食べ歩いてるんでしょう?」
「まあ、そうだけど。ああ、ほんとうに新しい都においしいところがあるといいわ!」
かなり切実に彼女がつぶやき、花はほほ笑んだ。
「商人さんたちもついていくんじゃないですか? だって、ここがまるごと遷るから」
「でもねえ、ちょっと場所が違うだけでお料理も変わるでしょ?」
かなり深刻そうに言った彼女は、そう言った自分にあきれたように笑った。
「でも、きっと、わたしはおいしいものを見つけられるわ。食べることが大好きなんだもの。それに、ここしばらくいくさもなさそうだし」
「ほんとうに、そうだといいです」
いくさ、と聞くたびにいろいろなことが脳裏をよぎる。ほんとうに、あんなことは無いといい。花はちからをこめて頷いた。
厨房についたふたりは顔なじみの料理人に挨拶をすると、侍女の定位置の片隅の卓に茶の用意をした。今日も、あの薄い薬草茶だ。
花が用意した菓子をしみじみとおいしそうに食べる彼女に笑みが浮かぶ。
「これにはちみつを塗ってもおいしいでしょうねえ」
「そうかもしれません」
ここに生クリームがあったら彼女はすごく喜ぶだろう。
「自分でお菓子を作ってみたりはしないんですか?」
前から疑問だったことを聞くと、唇の端にクッキーのかけらをつけたまま彼女は大きくかぶりを振った。
「わたし、料理が苦手なの」
あっけらかんと言われて瞬きする。
「そうなんですか?」
「ええ。ほんとうに駄目なの。だからおいしいものを探すんだけど。あなたは珍しくておいしい料理ができていいわね」
「でもわたしは、こっちの料理も上手になりたいです。」
ふと口にすると、彼女は横を向いて笑った。
「おかしいわよねえ」
「え?」
「元鈴さまってね、ほんとうに有能なのよ。いいところのおひめさまでも仕事はできるし男の人たちの受けもいいの。ああ、ふしだらってわけじゃないのよ。そっけないところがまたいい、って言われてるわ。馬鹿そうな言い分よね。そうそう、次の異動では丞相さまに近いところに配されるんじゃないかって噂もあるくらい。」
花はあの侍女を思い浮かべてうなずいた。孟徳はきれいな女のひとが好きだけれど、それだけで身近に勤めさせておくほど甘くはないだろう。まわりの人もそれをよくわかっているに違いない。
「でも、令君の恋だけは見えないのねえ」
さらっと言われ、花は盛大にむせた。涙目になりながら咳を抑えると、まるでもとの世界の友人のような眼をして、彼女がこちらを見て笑っている。
「…あ、あの」
「なに?」
「そんなに、わかり、ますか」
「そうでもないわ。あなたとわたしたちは、接点は多くないでしょ? 令君だっていつもと変わらない」
「じゃあ、どうして」
彼女の目が急に弧を描いた。なにかたくらんでいる猫のようだ。
「だって、わたしはここにいることが多いもの。いままでだったら令君が取りに来てたお茶をあなたが来ることが多くなって、しかもしれがその場しのぎじゃないらしいでしょ。ましてあなたが料理人とふたりで頭を突き合わせて、令君はどんな料理だったらこんな時間でも食べてくれるかとか、ちょっと風邪気味みたいだからあったかいものがほしいけどどうしようとか、お菓子をつくっているときに男のひとは甘いものが得意じゃないんですよねなんってこぼすあなたの声を聞いてたらね、食べ物にしか興味がないわたしにだってわかることもあるわ」
ひとつひとつ、指を折りながら言う彼女に花は素直に感心した。その様子にまた、彼女はおかしそうに笑った。
「令君はこういうときなんていえばいいか、教えてくれた?」
何を言う間もなく、花の顔に血が上った。
「いえ、あの…」
文若は絶句し、積極的におおやけにすることでもないから自分からは黙っていろと、とても長い間のあとに言った。そのときの、落ち着きなく卓をなぞっていた指先は、何を書いていたのだろう。でも花にとっては、否定しろと言われなかっただけ、とても嬉しかった。そのすぐあとに会った孟徳に、なにか好いことあったのと聞かれるくらいに嬉しかったのだ。
花の様子に、彼女はふいと身を起こした。
「元鈴さまのことは大丈夫よ。縁談があるみたいで、元鈴さまのことを聞きこんでるひとがいるわ」
瞬きした花に、彼女はぱんと手を叩いてクッキーのかすを払った。
「ねえそれより、このお菓子また作って。おいしい」
「はい!」
彼女がうれしそうに笑った。
彼女がドラマや漫画に出てくるような怖い人でなくて良かった、と花は思った。本や漫画には訳知り顔に、女は生まれついて女だから気をつけろと書かれているが、花にはどういうことなのかまったくわからないでいる。きっと彼女が花を嫌いで、たくさんの策を弄してきたら負けてしまうに違いない。
そのときふと、花は、瞬きした。意外なほど強く、負けたくないと思った。文若がもう自分を嫌いと、いらないというなら仕方がないけれど、そうでないなら離したくない。
好きで好きでしかたがないんだ、と花は膝の上の手を握りこんだ。
(2013.2.5)
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