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さむい日が続きますね。しまったセーターをまた出して着てます。ツツジとハナミズキに寒い雨。
以下は、細目さんです。エンディングが流れているあたり…の話になるのでしょうか。どうも、時系列がさまざまになってしまって、読みにくいかもしれません。ごめんなさい。
文若は、暗い部屋に足音を忍ばせて入った。寝台に寄ると、白い小さな顔が闇に浮かんで見える。その頬におそるおそる手を当てて、文若は細く長い息を吐いた。熱がまだ少しあるようだ。
夕餉に汁物を飲んだ、と侍女が言っていたので、それで薬が少しは効いてきたのだろう。朝はずいぶん赤い顔をしていた、と文若は眉をひそめた。それでもこの子は仕事に出てきたのだ。側の椅子にそっと腰掛け、その寝顔を彼は見守った。体調が悪いことを告げられないほど自分は恐ろしく思われているのだろうか、と項垂れる。
(す、好きだと、言ったのに)
そう思ってはみるが、いっこうに気は晴れない。
思い返せば、言うことは言ったし、口づけもしたが、それ以降、何か自分たちの間柄は変わっただろうか。文字の指導に、書類整理のやり方。いちばん多く口をきくのはそんなことばかりだ。
だがそれ以外、何を言えばいいのだ。いれてくれる茶が美味しい気がするとか、ふとかがみこんだ時に近づく彼女の髪の香りが好きだとか、そんなことを言えと。
彼の上司のようにすればいいのか。今日も可愛いね衣が似合ってるよと連発してしなだれかかるあの男のようにすれば、花ともっと近づけるというのか。そこまで考え、文若は狼狽して口元を押さえた。
…近づき足りないというのか。
「…文若、さん」
かすれた声に彼ははっと顔を上げた。ぼんやりした視線がこちらを見ている。
「花」
彼は立ち上がり、花をのぞき込んだ。花が弱々しく笑う。
「気分はどうだ?」
「だいぶいい、です。目が回らない」
「…そんな調子で出仕するものではない」
「すみません」
花が頼りない手つきで上掛けを口元まで引き上げ、済まなそうに文若を見た。彼は軽く咳払いした。
「何か欲しいものはあるか? 食べたいものとか」
花はゆるく首を振ったが、すぐに考え直したようで「水をください」と言った。文若は枕元の水差しと杯を取り上げ、水を注いで差しだそうとしたが、だるそうに起きあがる花を見て慌てて杯を置く。両脇に手を差し入れて支えると、花は彼の胸にもたれ掛かるようにして息をついた。自然と抱きしめるような格好になる。そうすると彼女の体温が高いことがはっきりして、文若はさらに狼狽えた。
「…ふふ」
花が小さく笑う声に、彼は慌てて彼女の顔を覗き込んだ。
「どうした」
「文若さんが来てくれたので、安心しちゃったみたいです。」
とふ、と肩に彼女の顔が沈む。
「うれしい」
「み、水を、飲むのだろう」
「だって水をのんだら文若さんは帰ってしまいますよね…?」
なにを、と言いかけて見上げられた花の目が潤んでいる。口元が泣き出す直前のようだ。
「さっき、孟徳さんが来てくれました。」
「丞相が…?」
「ご飯を食べさせてくれて、薬を飲ませてくれました。」
「丞相が」
「それから、大丈夫だよ、明日には良くなってるから、とんでもないことに巻き込まれたから疲れが出たんだよって笑ってくれました」
「…丞相、が」
「でも、でも」
花の手が、病人とは思えない強さで文若の衣を掴んだ。
「文若さんに会いたかったです…!」
子どもっぽくしゃくり上げ始めた花の顔を、文若は呆然と見つめた。
妻を万が一にも丞相に会わせるような真似は犯さない、などと言っていた頃の自分が馬鹿に思える。そう言えば満点だと思っていた。
この娘はわたしが好きだと言って、ここに残った。すべてがここより進んだ、家族も友もいる、無条件に子どもだからと頭を撫でてくれる者たちのいる世界ではなく。…恋しかない、この場所に。
花は口元を押さえ、必死に泣くのを止めようとしている。その髪に手を触れると、彼女の動きが止まった。文若は大きく息を吸うと、彼女をまっすぐに見た。
「わたしは今日、丞相に腹を抱えて笑われた。」
花の目が丸くなる。
「どう、したんですか」
「一度目は、議題と異なる簡を提出して最後まで説明しても気がつかなかった。二度目は、すでに決まった案件をもういちど提出してしまった。三度目は、簡の取り次ぎ日を間違えた。丞相は、わたしが初歩的な間違いを犯した珍しい日だから宴でも開くかと仰せられて元譲どのが引きずられていった」
花が瞬きした拍子に、涙が白い頬を滑り落ちた。文若はそれを指で拭った。
「要するに、わたしはお前のことが心配で気になって仕事が手につかなかったのだ。これでいいか」
見つめられた花はもう一度瞬きし、それから手で目をこすりながらえへへえ、と奇妙な声を上げて情けなそうに笑った。
「これでいいか、って、何ですか文若さん」
「そういう言い方ではおかしいか」
「ううん。文若さんらしいです」
「らしい、というのが分からない」
「分からなくていいです。わたしが分かってるんですから。…そうでした」
花の手が上掛けを握りしめる。
「わたし、分かってたんでした。」
文若は咳払いをした。
「わたしも、分かっていた」
「なにをですか?」
「お前がまだ子どもだということだ。」
花が不満そうに唇を尖らせた。
「子どもじゃないです!」
「そう言ううちは子どもだ。」
「文若さんのばか! …きゃ!」
抱きしめられて花が暴れる。
「もういいです! 放してください」
「病人は暴れるものではない」
「暴れさせてるのは文若さんです!」
力ない手で背を叩かれ、文若は微笑した。
「何を笑ってるんですか!」
「治ったら教える」
「もう!」
文若の口からくく、と笑い声が漏れた。
どれほど側に行こうと思っても超えられない溝があることなど、分かり切っている。それでも近づきたい。この娘だけが、自分の未来のかたちをしているのだから。
いつの間にか花がおとなしくなっている。腕を緩めれば、彼女は泣き疲れて眠ったようだった。文若は苦笑して花を寝台に横たえた。乱れた髪を梳く。
「…早く、良くなれ」
そうしたら、わたしが恋をするとどうなるのか飽きるほど教えてやろう。そうだ、自分も、これほど執着する相手に出会った己の行方を知らない。そう思う自分の顔が熱いことを、彼はじゅうぶん承知していた。
(2010.5.13)
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