二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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新婚さん・文若さんと花ちゃん。です。
侍女に呼ばれ部屋に戻ると、花が鏡の前で立ち上がったところだった。文若を上目使いで見て、小首をかしげる。
「どう、でしょうか」
いかにも心細そうな声にすぐ返事をせず、彼は妻をしげしげと見回した。
薄い梔色に染めた裳に同じ布の縁取りをつけた濃緑の上着、同じ柄だがそれより明るめの緑色の外套は、彼が見立てた。婚儀を挙げる前に好んで着ていたうすい桃色や朱色とは違うたたずまいで、文若が着れば間違いなく地味の一言で片づけられそうなその色に包まれ、花は驚くほど柔らかな色気を醸し出している。
良家の生まれとて、彼も他人の衣や色合わせを確認するすべを身につけている。しかし自身が仕事で着るのは陰気と囃される色ばかりであり、妻にもそういう色を選んだはずだった。しかしこの様子はどうだ。
成熟した緑は白い肌の瑞々しさを香らせ、淡色の上着はこれから深くなるだろう妻としての色香の予感を漂わせてそれでいて明るい緑色は時に幼いと思うほど優しい微笑に古い女神のような謎めいた風情を与えている。
こんなはずではない。婚儀後の彼女の出仕を必要以上に期待して毎日待ち構えている彼の上司が見たら、政務を放り出して詩を書き始めるのではないだろうか。自身でさえ、彼女がこの懐に住んでからというもの、以前なら思いもよらぬ言葉ばかりが浮かんで落ち着かないというのに。
惑う文若をよそに、羊脂玉の髪飾りをしきりにいじりながら、花が近寄ってきた。
「似合ってませんか?」
「いや」
思わず即答したがそのあとの言葉がない夫を、ますます不安そうに花がうかがう。文若は短く息をついた。
「よく似合っている。」
妻の顔が、面映ゆそうに綻んだ。
「嬉しい。」
「仕事にゆくのだぞ?」
言わずもがなの文若の言葉に、彼女はあわてた様子で童顔を引き締めた。
「はい」
本人は真面目な顔をしているつもりだが、どうも口元が綻んでしまうらしい。花はちらちらと夫を見、外套の袖をそっと口元にあてた。
「なんだ」
「外套が文若さんとおそろい、です」
柄を同じに、色だけ変えたものだ。文若はことさらに渋面をつくった。
「いままでもそうしたことはあったろう」
「そうですけど、やっぱりお揃いは嬉しいです。新しい衣だし…うふふ」
「花」
半分、八つ当たりのような叱責に、花は首をすくめた。しかしすぐ笑顔になって文若の袖をつかむ。
「文若さんみたいですね、この上着」
意外な言葉を聞いて彼は妻を見つめた。頬を染め小首を傾げながら、花は歌うように言った。
「深い森みたいな緑。心強いです」
しばらくのあいだ、彼は相槌が打てずに妻を見守った。彼女に似合うと思った色を、妻は自分のようだという。若々しさを思わせた衣が、彼女は落ち着くという。
黙ったまま抱きしめると、花は驚いたように身じろいだ。しかしすぐ、細い腕がゆるりと彼の背に回された。小さな、その柔らかさを知り抜いた耳に唇を寄せる。
「浮かれるなど論外だが、お前は落ち着くのか?」
「う、浮かれてますけど、落ち着いてます」
「おかしなやつだ」
「…ひどい」
抱きつく力が強くなる。文若は苦笑した。
衣一枚に夫を感じると彼女が言うなら、この柔らかさを手放したくない己を抑えておこう。第一、これから仕事だ。孟徳のにやけた笑顔が脳裏に甦って文若は唐突に手を放した。怪訝そうに、名残惜しそうに顔を上げる妻を見て重々しく口を開く。
「では、行くぞ」
「はい」
丞相に何をからかわれるかと思うと面倒だが、花の心を思い出せば硯を投げつけたい衝動も少しは押さえられるだろう。並ぶ軽い足音を聞きながら、彼は口元を綻ばせた。
(2011.3.24)
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