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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと花ちゃんです。おつきあい、はじめました。な頃。
 
 


 
 自分が、落ち着きがないということはじゅうぶん分かっている。しかし、こんな楽しい光景は久しぶりだ。
 いくつもの行商隊が荷下ろしする活気ある通りの隣は、煌びやかな珍しい装束が旗のように掲げられた店が軒を並べる。別の通りには鳥籠が溢れんばかりに置かれ、鮮やかな羽の鸚鵡が悠然と止まっていた。長い袖を揺らめかせる扇情的な娘たちは孟徳の宴席でも見たことがある、優雅でしかも艶な踊り子たちだ。花が魅力的な体型に憧れの眼差しを向けても、そういう視線には慣れっこなのだろう、知らない言葉でさえずりながら去っていく。
 「花、前を見て歩きなさい」
 文若の低い声に花ははっと彼を見上げた。
 「すみません」
 彼はかすかに頷いた。
 「ひとりでは迷ってしまうだろう」
 恋人と思うのもまだ恥ずかしい彼を見上げ、花は表情を改めた。確かに、街にひとり置き去りは困る。子どもではあるまいし、文若を捜して泣き歩く訳にもいかない。文若の屋敷や丞相府を聞いてまわっては不審がられるだろう。
 「はい」
 目を見て頷くが、さっと視線を逸らされる。それは寂しい仕草だけれど、でも今はまだ、いい。自分だって文若の横顔を見つめるのが精一杯で、お茶を飲む時に彼が器を渡してくれることさえ特別に思えるのだから、まっすぐ見つめられたらただじたばたして息が止まってしまうかもしれない。
 「あの…文若さん。今日は何のお出かけなんですか?」
 文若の背が、びくりと揺れた。
 街へ下りる、というのは朝、突然に言われた。その唐突さのせいか、二人で歩いているとデートみたいだなあと思ってしまう。しかし、文若がそんなことを思いつくだろうか。お茶をゆっくり飲むくらいがやっとの忙しさなのだ。
 「文若さんが街へ下りることなんて珍しいから、何かの調査なのかなあ、って。」
 文若が急に立ち止まったので、花もつんのめるように止まった。彼は振り返り、ひどく厳かに言った。
 「たとえこれと言ったものが無くてもこうして街を歩くだけで、じゅうぶんな調査になる。」
 花は表情を引き締めた。母がスーパーマーケットのちらしをあれこれ品定めしていたようなものだろうか。
 「お…お前が特に見たいと思うところは、どこかあるのか」
 微妙に目を逸らしながら言った彼に、花は考え込んだ。
 「えっと…特にこれ、っていうのはないんですけど。ちょっと前に、孟徳さんに、街へ行くならお土産を買ってきてね、と言われてました」
 なに、と文若が唇だけで言った。だんだんと視線が下がっていく彼が急に不安になり、花はその時のことを思い出す。
 「女の子は町歩きが好きなものだし、そのうち出かけることもあるだろうから、その時はよろしくね、って…えっと、文若さん?」
 「…何でもない」
 顔を上げた彼は、子細らしく眉根を寄せた。
 「丞相はこの世の多くのものをお持ちの方だ。その方に土産とは、ずいぶんな難題だな」
 案じてくれているような彼に、花は胸の前で握り拳を作った。
 「そうなんです! 趣味もいいし、お金持ちだし。お土産、って言われたのでお菓子を作って差し入れというのも違う気がしますし」
 文若は微笑した。まだ見ることが少ない彼の微笑みに、花の鼓動が早くなる。
 「今日の話をすれば良いではないか。」
 「え?」
 「これから、わたしが連れて行く店で何を見たか、どう思ったか教えて差し上げればよい。土産話、とも言うぞ。」
 「それだけ…ですか?」
 文若が重々しく頷く。
 「丞相はご用繁多でいらっしゃるが、常に民の暮らし向きは気に掛けておられる。その一端として、お前が見たものについて簡を書けば良い。むろん、わたしも手伝おう」
 花は頬を紅潮させた。
 「文若さんに手伝って貰えたら、きっと孟徳さんも納得できる報告ができますね。ありがとうございます」
 「礼は早い。」
 苦笑する文若が思いがけなく優しく見えて、花は俯いた。
 「では、行こう。」
 「はい」
 花は今度こそ、文若の背中を見つめて歩き出した。
 
 
 孟徳は、簡を読み終えてつくづくとため息をついた。執務室に来た文官と何か打ち合わせをしている文若の背を見る。
 「文若」
 声を掛けると、彼はしかつめらしい顔のまま振り返った。文官が礼を取って去っていく。孟徳は簡を振ってみせた。
 「あのさ、俺は花ちゃんにお土産を頼んだのであって、お前に頼んだ覚えはないけど。」
 「わたしは丞相に土産など持ってきておりません」
 きっぱりと言う文若を斜めから見上げる。
 「お前と行った店の美味しい饅頭に使ってある小麦は北の土地で取れる特別なものだとか、お前が見立ててくれた西の布は滑らかで軽くてきれいだとか、お前が買ってくれた簪に付いていた真珠の産地が遠いと知ったとか、さあ。これって、お前が土産を見繕ったようなものだろ?」
 「彼女なりに、丞相が治める場所への愛着を示したのでしょう」
 「ふーん。じゃあさ、『文若さんの説明がとても分かりやすくて嬉しかった』ってのも?」
 文若の顔が茹で上がるように紅くなった。このくだりだけは文面が稚拙だったから、彼が目を通していないのだろう。何度か口を開け閉めして、しかし何も思いつかないのか黙り込むさまをじっくり観察する。
 「俺も今度、花ちゃんとどっかに行こうっと。お前が考えもしない場所につれていって、あのきらきらした笑顔が言うことを参考にしようっと」
 文若の顔が、さっきまでとは違う色で紅潮するのを見守る。
 「じょ、女子をそのような場所に」
 「俺はどことも言ってないけどな?」
 細い眼が、ついに剣呑な色を帯びた。
 「丞相がそのような思いをもてあそばれる時間があるとは、わたしの不明でした。ではこれから、溜まっている案件を運ばせますのでお待ち下さい。――これ、丞相のもとに、わたしの執務室の左側の机に積み重ねてあるものをすべて持参しろ」
 孟徳は文若の後ろ姿に唇をつり上げた。
 「花ちゃんに持ってこさせないと仕事しないよ?」
 文若が振り向いて、冴え冴えとした笑みを浮かべた。
 「申し訳ございません。その簡を仕上げる際、彼女は己のあまりの未熟さに恥じ入ったようで、自ら書庫に籠もって手習いするとを申し出ました。殊勝な心、丞相もお認め下さいますよう」
 白々しいほど端正な礼を取った文若に、孟徳は息をついた。――今日はこれくらいでいい。守りは堅固なほど崩し甲斐がある。相手が彼なら、崩せないことさえ楽しいだろう。
 「分かったよ。」
 「では」
 文若が執務室を出て行く。扉が閉まりきってから、孟徳はもういちど、にやりとした。
 「ま、本当の『土産話』は聞かせてもらってないからなあ」
 浮き浮きとした呟きは、窓辺の蝶だけが聞いていた。
 
 
(2011.4.25)

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