二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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まだ結婚前、の文若さんと花ちゃんです。
花は、手に息を吐きかけた。白い息は手に届く間に消えてしまったかと思う。かえって寒さが増したようだ。頬がぴんと張り耳が痛くなるような寒さは、花の故郷では馴染みがない。
まつりごとを行う宮の隅に部屋を貰っていれば、自然と朝議の時間ごろには起きるようになってしまう。おかげで、花は今までの人生の中でいちばん早起きになった。
文若が用意してくれた厚い衣をきちんと着込んでいても、機能性下着もなければシールを剥がせばすぐ暖かくなるカイロもない。昨夜は、侍女がよく焼いた煉瓦を幾重にも布にくるんだものを足もとに入れてくれたのでずいぶんゆっくり眠れた。
回廊で灯りが揺れている。侍女の囁きや官たちの衣擦れが暗い中に聞こえる。彼女の感覚では、こんなに離れた場所の音が聞こえてくるのも未だに新鮮だ。花は回廊の隅をそっと進んだ。
てんでに固まって何事か話している官たちが、奥から進んでくる誰かに、三々五々、礼を取る。それに会釈を返したり、何か確認するかのように傍らの者に話しかけながら歩いてくるのは文若だ。花は柱に隠れて彼を見た。
恋仲とはいえ、そう軽々しく彼に声は掛けられない。彼女が彼の執務室に行くのはもっとあとの時間なので、こんな時間にうろうろしているのが分かれば、彼の眉間の皺は朝からさぞ深くなるだろう。それは避けたい。彼にとってはいつもの表情で、彼女をたしなめる程度の意味しかなくても、嫌な思いをさせてしまったら落ち込む。
ああでも、仕事の時の文若は格好いい。思い出し花はうっとりと胸元で手を握り合わせた。陰気だと孟徳がからかうしかめ面も、自分を叱っているのでなければきりりとしていて素敵だ。執務室で簡を読み込む文若に見とれていると、あっさりばれてしまうのがいつも不思議でたまらない。
その時、背後からふわりと抱きしめられて花は声を上げかけた。
「しずかに」
聞き慣れた悪戯っぽい声に、花は細く長く息を吐いた。振り返ると、珍しく濃い藍の衣を着た孟徳が片目を瞑っていた。
「こんなところで待ち伏せなんて、駄目だよ花ちゃん。」
ひどく色っぽく囁かれる言葉に、花は身を竦めた。
「そう、ですよね…お仕事ですもんね、ごめんなさい」
「気持ちは分かるし、俺にはやって欲しいけど文若にはちょっと酷だしね。」
孟徳は複雑そうに微笑った。
「俺と文若に、朝議のあとのお茶を用意してくれるかな。干した果物も付けるように言って。」
頷く花の髪を、孟徳は撫でた。
「いい子だね。…あとは」
急に彼が近づいて、花はどきりと顔を上げた。特に甘い香りを焚きしめているらしい孟徳の艶やかな襟巻きに顔を埋めてしまう。
「んー、花ちゃんはちっちゃくてあったかくていいなあ」
「逢い引きですか」
強ばった声に、花は振り向いた。文若が壁のように立ちはだかっている。
「ち、違います!」
「文若が見逃してくれたら逢い引きになるな。」
「孟徳さん!」
「朝議がございます、丞相」
「それじゃ朝議が終わってからね、花ちゃん」
「面会が控えております」
「じゃあそれが終わってからかなー」
文若の眉と肩がつり上がる。花は孟徳をふりほどくように立ち上がった。
「おはようございます文若さん!」
文若が、花の勢いに何事かというように瞬きした。
「あの、今日も寒いですから気をつけてください!」
「あ、ああ…」
「昨日の宿題はちゃんと終わったんです。あとで見て下さいね!」
すり寄らんばかりに近づくと、文若が身をのけぞらせて半歩後ずさった。
「わ、分かった…」
つたなく目を逸らした文若に寂しい思いをする間もなく、ばさりと後ろから抱きしめられた。
「行ってくるね花ちゃん」
あまりに近すぎる囁きに顔を紅くしながら、花は頷いた。
「はい、行ってらっしゃい孟徳さん」
孟徳の顔が輝いた。
「いいねー、奥さんみたい! 毎朝やってよ花ちゃん」
「丞相!」
空気が震えた。花は首を縮め、孟徳が肩を竦めて花を開放した。
「じゃあ行ってくるよー」
孟徳が回廊に上がり、歩き出す。文若は花を上から下まで見、短い息をついた。
「この時間に侍女でもない者がうろうろしてはならん。」
「はい、すみません」
「…まだ、寒い時間なのだし」
空々しい咳とともに付け加えられた言葉に、俯いたまま花は顔を綻ばせた。
単なる好奇心でうろうろしていたのだから気に掛けてくれるのは申し訳ないけれど、嬉しい。文若の目元と口元が和らいだ。
「分かれば良い。…では、またあとでな」
「はい!」
執務室で会うのは定められたことだし仕事だ。けれど、口に出して貰えると特別な約束のようだ。
ここには、ファーストフード店でのおしゃべりも、ウィンドウショッピングで彼氏の服を見立ててあげることもない。ただ、恋人の気に入りの香りの墨を用意し、容赦ないが丁寧に勉強を教えて貰い、好きな茶をいれる。それはあちらで夢見たデートよりももっと、彼の心に寄り添うような気がする。
花は、緩みそうになる頬に手を置いて、歩み去る文若の大きな背をじっと見送っていた。
(2011.1.24)
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