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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 玄徳さんと花ちゃん。もうしばらくしたら婚儀…くらいの時期でしょうか。




 どん、と扉に何か重い物が当たる音がして、玄徳は顔を上げた。
 身構えるが、激しい風雨の音がするだけだ。気配もないので刺客などではなく、飛んできた枝でも当たったのだろう。手に取った灯りが頷くように大きくゆらぐ。ほそく扉を開けると案の定、玄徳の腕ほどの太さの枝が転がっていた。少し考え、枝を部屋の中に引きずって入れる。どこへ転がっていくかも分からないし、敷物に染みがついたら明日、謝ろう。
 城下に被害がでているかもしれぬと、彼は眉根を寄せた。城は石造りだしこの部屋は奥まった場所にあるからこのぐらいで済んでいるのだろうか。彼は、少し前に完成したと報告をうけたばかりの郊外の橋を思い出した。流されていなければいいが。晴れたら手分けして視察に出ねばなるまい。扉を閉めると風雨の音が少し遠ざかり、ふと、恋仲の娘の顔を思い出した。
 このところなるべく、夕食を花と一緒に取るようにしている。そのときも、急変しそうな天候の話題がほとんどだった。もうすぐ収穫なのにと、心配そうに何度も窓を見ていた。
 玄徳はあごをさすった。これほどの風では心細くしていないだろうか。そう思うと、芙蓉のからかうような笑みが脳裏を過ぎる。
 芙蓉がよく言うように、花はいくさの日々をともに過ごしてきた。いまは初めて会ったころのあてどない雰囲気は影を潜め、良い意味でのやわらかな部分だけが残っているように思う。けれど、花が思い出したように話す「あちら」はずいぶん堅牢な世界だ。自分でもうまい表現が見つからないが、雨が降ったら雨だと分かるんですねとおかしそうに言ったこともある。外で働く仕事(この言い方も玄徳には驚きだったが)に従事しないかぎり、天候はそう注意して見ないものらしい。
 …やはり、様子を見てくるべきか。彼はひとつ頷くと灯りを消した。知らぬうちに吹き込んだ風で灯りが倒れでもしたら火事になる。剣は持って部屋を出ると、横なぐりの風と雨で廊下の床はずぶぬれだった。浅い水面を風が走る、ざあっ、という音が耳を圧する。
 いくらも行かないうちに、行く手の闇に動くものがいるように見えて彼は剣を持ち直した。目を凝らし息を潜めると、なにか小さいものがよろよろと動いている。
 「だれかいるのか」
 声を張ると、玄徳さん、という驚いたような声が雨の合間に聞こえた。玄徳は目を見開いた。
 「花!?」
 「玄徳さん玄徳さん!」
 小さい塊は転がるように玄徳にぶつかってきた。抱きとめると被っていた布をごそごそと取って、ようやく小さな白い顔が出て来た。
 「なにをしてるんだ!?」
 手でさぐっても布はずぶぬれだ。花は顔をくちゃくちゃにして笑った。
 「玄徳さんのところに行こうと思ったんですけど、考えてたより暗くて、どっちだったけとか思って…玄徳さんに会えてよかった」
 どうにも愛おしいその内容に頬を緩めそうになるが、唇を引き結ぶ。
 「会えてよかった、じゃない」
 花はすうっと笑みを消した。
 「こんな夜には何があるか分からない」
 「…だから、玄徳さんの側に居たかったんです」
 玄徳はちょっと目を見開いた。
 「何かあれば出て行くのは分かってます。でも、それまでなら…それまでなら」
 強く抱きついた細い腕は、慌てたように離れた。
 「すみません、びしょぬれでした」
 玄徳は小さく息をついて彼女の膝裏に腕を入れて抱え上げた。ひゃあ、と色気のない声をあげる彼女に苦笑する。
 「玄徳さん!」
 「俺ももうびしょぬれだからな、構わん。俺の執務室なら簡単な着替えもある」
 消え入りそうな声で花がごめんなさいと言った。
 「…こんなことでは師匠に叱られるでしょうか」
 この忠実な弟子は、こんな逢瀬まで正直に告げようというのだろうか。苦笑とも嫉妬ともつかないものが胸中に湧くが、緊急の知らせがくるのは自分なのだし、そうあってもおかしくない天気だ。そういう使者にふたりで居ることを気取られるのが恥ずかしいという意味だろう。いまさらなことと思うが、その幼い恥じらいは彼の芯をちろと焼く。彼は花を抱え直した。
 「恋は思案の外、と伏龍先生は教えていないのか?」
 冗談めかして言えば、闇でも、花の体がふわと熱くなったのが分かる。不思議なものだ、肌が冷たいほうがその奥の心が知れるなど。きっと、さっき自分が花を思い出したのも、寒かったからに違いない。こんな天気でなければ、その肌をほぐすように雨など忘れさせるものを。背筋を震わせたものを、深い息を吐いて逃がす。
 「俺の部屋で温かいものでも飲もう。芙蓉から、何とかいう茶をもらったんだ」
 「それ、わたしももらいました! おいしかったです」
 「はは、それなら良かった。」
 耳に届く雨の音は少し弱くなった。あとわずかの間、強く降ってくれてもいいと思う自分を、玄徳は歩む足の裏で踏みつけた。


(2012.11.1)

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