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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 玄徳さんと花ちゃんです。
 
 
 

 
 
 
 花は、扉をそっと開けた。新しい部屋から見える景色はまだ慣れない。月のかたちさえも以前と異なるようだ。花は扉を後ろ手に閉めて回廊にもたれた。あたりを見回すが、歩哨の姿はない。足音だけがこだましてくるので、兵営のあたりを歩いているのだろう。花は足音を忍ばせて見張り台のひとつに向かった。
 城は古く、玄徳が入城して以降あちこち手を入れている。そのための木材や石材が随所に積み上げてあった。花にとっては石を積むことひとつ取っても珍しく、邪魔にならない程度にといろいろ聞いていた。その行為は本人が思ったより目立っていて、あるじの奥方さまの勉強熱心なこと、と微笑ましく噂されていることを当人だけが知らない。正確には彼女が「奥方さま」となるまであともう少しかかるのだが、玄徳が感情を隠すことをしないので、すっかり「奥方さま」の扱いを受ける。
 花は鍛錬場の見張り台の梯子に手を掛けた。今夜は風もなく、スカートが翻って困るようなこともない。身軽にてっぺんに立つと、広い鍛錬場の隅々まで見渡せる。昼間は剣や弓の稽古をしているから決して近づくなと玄徳から言い含められていたので、余計に珍しい。
 最初に玄徳と会った城よりずいぶん広い。ここを領するためにそれだけの広さが必要だということで、玄徳も相応の力を付けたということだ。
 その時、梯子を上がってくる足音がして、花は慌てて見下ろした。玄徳が苦笑している。
 「ずいぶん可愛らしい刺客だ」
 「ごめんなさい!」
 目立つ羽織を着ていたので、花だと分かって来てくれたのだろう。彼も夜着に羽織一枚で、剣を帯びているだけだ。玄徳は花と並んで立つと苦笑を深くし、大きな手のひらで花の頭を撫でた。
 「俺が気づいたからな、今夜のところは不問に伏そう。今後はいかんぞ」
 「はい」
 「最初に一緒に登ってやれば良かったな。そうすればお前の好奇心も少しは宥められたろうに」
 花は顔を赤らめた。
 「好奇心…だけじゃないんですけど」
 「ほう?」
 「だって、間取りっていうか、全体の様子は高いところから見下ろしたほうがよくわかるじゃないですか。師匠の手伝いをするにだって、いろいろ分かってたほうがいいし…その、迷わずたどり着けるのが厨房と玄徳さんの部屋っていうのはいくら何でも…」
 玄徳は、花を眩しそうに見た。
 「それでも俺の部屋は真っ先に覚えてくれたのか」
 「あ…えっと」
 思わず口ごもった花の頬を、玄徳の乾いた唇が掠めた。花はぎゅっと目を瞑った。
 「やっぱり、その、大事な部屋ですもん」
 「だったらなおさら、見張り台などに来ないで、俺の部屋に来て話し相手でもしてくれれば良かった」
 大きな胸に引き寄せられ、声が近づく。花は目を閉じた。玄徳の匂いがする。もうすぐこのひとを「夫」と呼ぶことになるのだと思うと、体中が熱い。
 「夜に行くと、玄徳さんは怒るから…」
 「そうだな。もう少しで、嫌だと言っても一緒の部屋になるが」
 「嫌だなんて言うはずありません」
 「…そうだった」
 花は腕を伸ばして、玄徳の傷がある場所に触れた。…彼が傷つくくらいならと思った、あの暗殺騒ぎの時にできてしまった傷は、もちろんもうすっかり回復している。それでも一生、忘れないだろう。
 「寒くないか?」
 「寒くないです」
 あなたがわたしに、寒い思いなんてさせるはずがない。花は微笑した。玄徳が花の背をさするように彼女を深く抱き込んだ。
 「花。…本当に、俺の妻になってくれるんだな」
 「はい」
 今更、何事だろうと花は思った。玄徳の腕に力がこもった。
 「俺の妻になってしまったら、もしかしたら俺はお前をいちばんあとにしてしまうかもしれないんだぞ。…民の、国のあとに」
 花は身をよじってきつい拘束から抜け出し、玄徳を見上げた。本当に困ったような顔をしている彼が、年下に思えてしまう。
 何度も問われたことだ。そのたびに、返す言葉はひとつしかないというのに。
 いつか芙蓉にそう零したら、守りたいものが出ると男の方が臆病になるらしいわと百戦錬磨の恋の達人のようなことを真顔で言われた。
 「大丈夫です。わたしはわたしでついていきます」
 ここまで来た時のように、ただあなたを見つめて。玄徳が笑って、花の腰を抱え上げた。
 「すまない、お前には弱音ばかり吐いている」
 「玄徳さん」
 「お前が居てくれれば百人力だ」
 「千人力くらいになりたいです」
 「それは大変だ」
 おどけてみせると玄徳がまた笑う。花は城壁を見据えた。…何が来たって、わたしはわたしの言葉で、このひとを、このひとの願いを守る。
 「さて、降りよう。お前の躰が冷えてしまう。婚儀前に風邪でも引かせたら芙蓉に何を言われるか分からん」
 玄徳は花を床に下ろすと先に立って、梯子を身軽に下りた。さあいいぞ、というように地面からこちらを見上げる。花は梯子を下りきると、玄徳の胸に飛び込んだ。
 
 
 
(2011.1.31)

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