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あおいひともすき。
節操なくてすみません。
花は回廊で足を止めた。
広い演習場で、兵たちが休憩している。その中心にいるのは玄徳と雲長だ。雲長はしかつめらしい顔をしているが玄徳は笑顔だから、話している内容は深刻なものではないのだろう。
「はーな」
声と同時に、肩が叩かれた。芙蓉姫の悪戯っぽい笑顔が目の前にある。
「楽しそうね」
「たの、しそう?」
「花が。」
花は顔を紅くした。
「楽しい、のかなあ。」
「好きな人を見ているのは楽しくない?」
「芙蓉姫は楽しい?」
「うん。」
彼女はきらきらした目で花と同じ方を見た。雲長の副官である芙蓉の恋人は、兵たちに混じって談笑している。
「楽しいわあ。」
うっとり言った彼女の横顔があまりにきれいで、花は見とれた。その顔が急に真剣になってこちらを向いたので、面食らう。
「花ったら。まだ色々考えてるの?」
ううん、と首を振りかけて、花は足下に視線を落とした。
この世界に残ると決めた時に、元の世界の服はすべて仕舞った。だからいま彼女は、芙蓉姫と同じ靴を履いている。それが薄紅の裳裾から覗いている。
「…考えちゃう、っていうか。」
芙蓉姫の深いため息が届き、花は慌てて顔を上げた。
「玄徳さんのせいじゃないの。」
「いーえ、玄徳さまのせいね。」
きりりとつり上がった彼女の眉に、花は苦笑した。
「芙蓉姫がそんなに怒ることじゃないよ」
「…ね、どうして楽しいって思わないの?」
「思わないわけじゃないよ。玄徳さんを見てると格好いいなあって思うし、頼もしいなあって思う。優しいし、いつもあったかいよ」
芙蓉姫の口元が微妙に引きつったが、花はそれに気づかない。
「それじゃ、どうして」
「…あれ」
花は、また演習場に目を戻した。休憩が終わったのか、兵たちが立ち上がって三々五々、引き上げていく。玄徳は雲長と何か話しながらまだ立っているが、その脇を通っていく兵士たちに玄徳は笑顔を投げかけ、ひとことふたこと、何か必ず話しているようだ。
「みんなの将なんだなあ、って思うの。」
手にした木簡の束を、きつく握る。
「わたし、最初は師匠の代理で、それで役に立つことで精一杯だった。玄徳さんが好きで好きでしょうがなくなってからも、その役割をこなすことで精一杯だったし。…でも、仕方ないね。ああいう、みんなに慕われて頼られる玄徳さんが好きなんだもん。」
それは本心だった。
玄徳は眩しい、といつも思う。新野の撤退戦の時も、彼は誰も見捨てようとはしなかった。いつもそうだ。損な役回りだと笑っても、それを投げ出さない。花のもと居た世界では、もしかしたらもう少し大人になれば自分の身の回りにもそうしたひとが居ることを分かったのかも知れないが、花は知らないままに来てしまったし、余計に玄徳が眩しい。その力になりたいと、強く思う。
そんな気持ちのまま玄徳を見ていた花は、突然抱きしめられて硬直した。
「ふ、芙蓉姫?」
「玄徳さまじゃないけど、花って、そういうところが可愛いし、そういうところが面倒よねえ」
ぐりぐり頭を撫でられ、花は抗議の声を上げた。
「芙蓉姫ってば!」
「わたし、そういう花が好きよ」
真剣なささやきを残して腕が解かれた。にやり、とした笑顔が花の手にある木簡をさらっていく。
「ちょっと」
「孔明どのに届けるんでしょ?」
「え、でも」
「ちなみに明日は、玄徳さまはどなたの謁見もなくてよ。」
「え…師匠はまだ忙しいって」
「玄徳さまがねえ、とても思い詰めた顔をして孔明どののところに来られたんですって。花と一日一緒にいたいので、どうしても空けて貰えないか、って」
花は、ぽかんと口を開けた。頬が紅潮していく。
「城下を出てすぐのところに、それは見事な花が見られる場所があるんですってよ。それを見せたいから、って仰ったんですって。孔明どのも、玄徳さまのあまりに気迫に苦笑いで折れたらしいわ。」
「師匠はそんなこと一言も…」
「孔明どののことだもの、きっと、花が真っ赤な顔で許しをもらいに来るのを待ってるんじゃない?」
花は顔を紅くしたまま、苦笑した。
「…待ってそう」
「でしょー?」
「そう、だったんだ…」
玄徳も、自分と同じなのだろうか。「大将」の自分でなく、花と一緒に居たいと思っていると考えていいのだろうか。
「だからほら、行ってらっしゃい」
とんと背中を押され、よろける。
「どこかに連れて行ってくれませんか、っておねだりしてらっしゃいな。」
「わ、わたしから!?」
びし、と木簡が鼻先に突きつけられる。
「女の恋は戦いよ! 先手必勝!」
「って、もう玄徳さんが決めてるなら負けてるんじゃ…」
「違うわよ。そこであえてねだってみたら、玄徳さまも花の気持ちを分かってくださるわ。…一緒にいたいんでしょう?」
芙蓉姫の声が、すっと心に通った。花は芙蓉姫を見て、笑った。
「…うん。一緒に、いたい」
「じゃあ決まりね。…あら玄徳さま。ごきげんよう」
うん、とも、ああ、ともつかない、彼らしくなく歯切れの良くない声に、花は振り返った。自分より高いところにある整った顔が、少しばかり困惑しているように見える。
「玄徳さん」
「やあ、花。元気だったか?」
背後で、芙蓉姫が微妙なため息をついたのが分かった。だから花は、満面の笑みを浮かべた。
「はい。いま、玄徳さんに会えたから元気になりました」
年上の恋人は、まるで少年のように顔を紅くした。その彼に、花は一歩近づいた。
「玄徳さん」
「なんだ?」
優しい、優しい声だ。芙蓉姫の足音が遠ざかっていく。
「あの…今度、お休みがとれたら…ずっと一緒にいてはいけませんか?」
返事はなく、花はただ、熱い腕の中に抱きしめられた。
~おまけ~
「まったく、はらはらするったら」
「玄兄があそこまでせっぱ詰まっているのは、確かにあまり見ないな」
「あら、珍しく意見が合ったわね」
「…別に嬉しくない」
「だからそのひとことが余計だって言うのよ!」
(2010.4.10)
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