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長岡くんと花ちゃん。そこはかとなくおもいでがえし対応です。
彩ちゃんとかなちゃんと花ちゃん。
「ねえねえ、このマウスパッド、かわいい」
「可愛いだけでかさばるでしょ」
「可愛いからいいじゃん~」
「タブレット買うんでしょ、いらないじゃん」
「分かってないなあ、いらなくても欲しいものなんだよ」
相変わらずのやりとりに、花は笑みを零した。
下校途中の路地に最近オープンしたそのショップは、雑貨がメインで、花柄が多いけれどシックな色使いで人気だった。服もちょっと置いてあるけれど、びっくりするほどシンプルで高価だ。北欧系、としたり顔でかなが評価したけれど、本当のところは分からない。どのみち、花の財布の中身では手が届かない値段ばかりだ。
賑やかに言い合うかなと彩を残し、店内をぶらつく。
いつもは目が行かないそのコーナーに立ち止まったのは、本当に偶然だった。ショップの店員と和やかに話し合う、これまたさりげなくお金のかかっていそうな装いの客をよけて行こうとして立ち止まっただけだ。
他の棚はみな茶色に塗られているのにその棚だけが白木で、爪をひっかけそうな繊細なレースが敷いてある。そこに置いてあるのは、ぽってりした印象の椀と皿だった。
小さいプレートは作家の名前だろう。カレー皿、サラダボウル、フリーカップなど、用途を示したらしい可愛らしい文字も作家の書いたものだろうか。普通のサイズなのに、ひとそろい置いてあると、まるでままごとの道具のように見える。
白にひと刷毛、きれいな藍色がはいっている。その逆の、藍色の地に白いひと刷毛が施されているシリーズもひとそろい置いてあったが、何より白の地がきれいだった。
「どうぞ、手にとってごらんください」
突然掛けられた声に驚いて振り向くと、店員が立っていた。今時珍しい長い三つ編みを垂らしたシックなワンピースの彼女は、花にもういちど、笑顔を向けた。
「可愛い食器でしょう?」
可愛らしい笑顔の店員は、ハスキーボイスで言った。
「はい」
「まだ若い作家さんなのだけど、どこか懐かしい気のするうつわを作るんですよ。」
言ってから、あら、と彼女は笑った。
「高校生さんに懐かしい、なんて言って、おばあちゃんみたいね、わたし」
嫌みでなくおっとり言われた言葉に、花はつい笑った。
「あ、すみません。でもこの…えっと、フリーカップって書いてあるもので素麺を食べてた気もします」
「そうそう、そういう感覚なの。」
店員は目を輝かせて頷いた。そのとき、新しい客が入ってきて、彼女はその場を離れた。花はもういちど棚を見た。このあいだ行った、広生の家で、こんなお皿でお菓子が出たなと思う。
気圧される、それでいて広生が育ったと思えば納得してしまうあの屋敷は、花の知らない香りで満ちていた。かけ離れた程度で言えば、あの夢のような世界と変わらない。広生がそうされたように、刃でなくても人は死ぬ。
「あれー花ってば珍しいもの見てるー」
どん、と背中にかながのしかかってきた。うるさくしないの、と彩が追いついてきて、瞬きした。
「ほんとだ」
「ほんとだって何よーう」
「シンプルだけど可愛い」
かなに取り合わず、彩は眼鏡をかけ直すようにして食器を見た。それに気を悪くした様子もなく、かなは花をひじでつついた。
「長岡と結婚したらこんなの使いたーい! とか、ユメ見てたんじゃないの?」
花はぽかんと口を開けた。かなは両手を握り合わせて、うっとりした顔を作った。
「長岡ってばエプロンも似合いそうだしい、これにきっとすっごいおいしいものを作って盛ってくれるんだろうな!」
「先走りすぎ」
「だってだってー、この食器ってば長岡のイメージじゃん!」
彩は花をちらと見て、まあね、と頷いた。
「ええええ!? けっこん!?」
「花、反応おっそ」
「めくるめくイメージの海だよ!」
「ワケわかんないし」
花は頬を両手で挟んだ。
かなが言った光景は、広生だけなら容易に想像できた。でも、そのこちらがわに自分がいるのかと思うともう落ち着かない。同時に、からかいさえ嬉しい自分がいる。
高校生の自分が考える未来なんて、恥ずかしいほどぼんやりしている。ただなんとなく未来が明るいように思うのは、広生がいることを疑わないからだ。――居て欲しい。
花はくるりときびすを返した。
「そうだねっ」
うわあ、という悲鳴と嘆息が追いかけてくる。慌てて店を出ると、ふたりが笑いながら追いついてきた。
こんな話を広生にさらりとできるほど、まだ恋人に慣れない。でもいつか。そう夢を見れる自分と彼の恋が、嬉しかった。
(2013.8.21)
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