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申し上げるまでもなく、作中の出来事はfantasyです。
ナンバーはついていますが、続き物ではありません。
「ぶーんじゃくー」
草原の中から弓を振ってみせる幼なじみに、文若は盛大なため息をついた。今日も彼女は愛用の弓で居並ぶ郎党たちと狩りに行ったのだろう。陽に黄金と輝く草原に、その姿は渡来の花のように目をひいた。
「舘の姫が、なんという振る舞いをなさる」
声を張り上げると、娘は楽しそうに笑った。
「お前は都ぶりが抜けない」
文若は、国司の父がこの国に赴任したあと生まれたのだから、その指摘は間違っている。ただ、この幼なじみの娘の父は、鄙にはまれな勉学の才を文若の父が賞賛するたびに、そう言って文若をからかった。国司がこの地を治めるためには一にも二にも彼の一族の手腕が物を言ったから、文若もそう言われるたびに反発を抑えて黙って頭を下げた。老人は同じことを繰り返すものだ。その口癖がいつか娘にも移ってしまったのは計算外だったが。
幼なじみは、見事な鹿毛を操って文若の傍らに来ると馬を下りた。狩った雉がその鞍に結わえられていた。
「あとで届けるね。文若、雉が好きだろう。都に出るのだから、きっちり食べておかないと」
「だから、まだ先の話だ」
眩い笑顔から、彼は目を逸らした。最近、彼女の顔をきちんと見られない。幼いころは、それこそ犬の仔のようにもみくちゃに育ったのに。
「入学試験に失敗するかもしれないし」
呟けば、どん、と背中が叩かれた。
「思ってもいないことを言うな」
「お前、いい加減、その手荒なやり方をやめろ」
もっと言い募ろうとして、彼はふっと黙った。あれでは嫁のもらい手がないと、彼女の父が案じていた。
確かに、川向こうの二の姫は天女と見紛う神々しさと聞くし、前の国司の胤という峠の大姫の面差しは仏に似て柔らかだと言う。そんな、噂に上るような器量ではない。人々の口の端にのぼるのは、彼女が男であったならという繰り言ばかりだ。
男であったなら、病弱な兄を助けて家をもり立て、また都へと仕官に出て一族の名を高からしめたろうに。女房としてかしずく道は嫌だと、それなら家を出てやると暴れた彼女に、その父はそう言ったと聞く。
そういう言い方が文若には我慢がならなかった。彼女の弓も刀も馬も、すべて美しいではないか。むろん、何に使われるものかよく知っている。けれどあの矢が空を駆けるさまも、馬のたてがみが靡いていくさまも、すべてが彼女のいのちなのだ。己が新しい書籍をむさぼり読むのと同じ、さらには他の娘たちが歌を詠み衣を揃えるのと変わらない、彼女が選んだ生きるちからだ。それをまるで無駄のように言うなんて。文若はひとりで怒り、そうして、自分が夫なら彼女をそのままにしておくと、誰ともなく誓った。そのことを、今になってよく思い出す。
勉学をするために文若が都に上るという話が出たとき、威勢の良い幼なじみはまるで亡き母のように笑ったのだ。それがいいよと、文若は頭がいいもんねと誇った。
その時から、その顔がまともに見られない。
父が繰り返し語る都には、彼女のような娘は出てこない。何とかの少将の姫も何とかの宮も、誰一人、彼女のようではない。風邪をひけば看病と称して文若の額をびしょびしょに濡らしたり、木から落ちて怪我をすれば本人がうろたえるほど泣く姫は居ない。そういえば、彼女が騎馬を習いだしたのはそのあとからだ。馬があれば薬師のところへすぐ連れて行けたのにと、文若の亡母が言った所為か。
娘は草笛を鳴らしている。まるい頬に西日が当たって輝いている。娘の髪紐の朱が色あせているのを文若は初めて見た。あれは何年か前の祭に、文若が彼女に贈ったものだ…
都へ行ってしまえば、この一切を目にすることができない。
都には上りたい。こんな鄙での勉学などたかが知れている。最新の勉学をしたい。そのうち、今は途絶えている異国への道も開けるかもしれない。そうしたら、知らないことをもっと知って、それを手の内にする手段だって分かる。知らぬことの多い幸福を、目眩がする思いで夢に見る。
――けれど、けれど。
「便りをおくれ、文若」
こちらを見る瞳は明るい。文若はまた、目を逸らした。
「お前の字は汚い」
「上手になっておくから」
彼は唇を噛んだ。歩き出した足に、風で煽られた裾がからみつく。草笛が高く鳴った。
「約束だよ!」
彼は振り返らなかった。けれど、手に取るように分かる。そうだ、いまさら見なくても知っている。彼女が天人のように馬に飛び乗り、軽々と駆けていくさまは胸に焼き付いている。その足音と同じくらいまっすぐな微笑みが蘇り、胸が痛くなった。
(2012.2.1)
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