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最近はずっと戦国で無双ってみたりアトリエで調合ばかりしてます。すみません。そしてふと思い立ったパラレル。RPGっぽくしたかったけど、あんまりそれっぽくもない気がします。そしていつものように続かないと思います。
「花、これを青色に」
雲長さんが置いた皿は、肉団子の煮込みだ。濃厚な茶色の液体から大きい肉団子の頭が見えている。それがとても美味しいのを、わたしは知っている。だって、この店の看板商品だ。
「はーい」
大きく返事をして、店の入り口近くの青色の卓に置く。この店は卓のへりに色が塗ってあり、その色名で卓を区別している。
「お待たせしましたー」
「お、今日もうまそうだな」
玄徳さんが笑った。傍らに座っていた子龍くんが無言で頷いている。細身で小柄で、とてもきれいな顔をしている子龍くんだけど、どこに入るんだろうというくらいよく食べる。
「宿営でも食事は出るんだがな、ついこの店に来てしまうんだ」
「いつでもどうぞ!」
わたしは笑顔で頭を下げた。玄徳さんはきちんとお金を払ってくれるし、騒ぐこともない。それにこの城塞住民の自警団の頭だから、このひとがいる店は安全だということだ。もちろん、ただの旅の人はそんなことは分からないだろう。でもこのひとが店に寄ってくれるから安全だというのは宣伝になる、というのが雲長さんの意見だ。
玄徳さんたちが食事にかかったのを見て、厨房前の定位置に戻る。もうすぐ昼時だから、卓が5つの小さい店はすぐいっぱいになって、てんてこまいになる。まだお客さんは玄徳さんだけだから、忙しくなる前に、軽く食事をしておきたいな、と思った時だった。
からん、と、入り口に付けた鐘が澄んだ音で響いた。黒衣の男の人が入ってくると、目深に被っていた幅広の帽子をゆっくり下ろし、店の中を見回した。薬屋の文若さんだ。彼は玄徳さんを見つけるとその卓に言って挨拶した。そのまま低くかがんで何か話している。玄徳さんは一瞬、すっと目を細くした。頼れるお兄さんという温かい雰囲気が遠くなり、とても鋭い表情が浮かんだ。
「分かった、気をつけておく」
その声だけ、はっきりと聞こえた。文若さんが頭を下げた。
「ありがとうございます。」
何だろう、と思う。文若さんはこの店でほとんど食事をしないから、わざわざ来ること自体、珍しい。この店の食事は量が多い、のだそうだ。
この城塞から先の【平原】には、ここほど大きな城塞はないのだという。そこに行く人や帰ってくる人たち向けの食事だから、品数はそんなにないけど量が多いのがこの店の売りだ。あとは、食材を持ち込めば、たいていの場合は雲長さんが何とかしてくれる。
文若さんが店を出て行こうとした時、わたしは雲長さんに言われていたことを思い出した。慌てて戸棚に走り、扉に手を掛けた文若さんに追いつく。
「文若さん、これ、以前に言ってませんでしたっけ…てんがん茶? だったかな。」
文若さんの目がちょっと見開かれた。ふだんは【平原】に生えている薬草を煎じて飲むことが多いから、「お茶の木」があるなんてわたしは文若さんに言われるまで知らなかった。お茶は高級品で、わたしは見たことがない。
「天元茶、だ。覚えていたのか?」
「具合の悪い旅人さんを介抱したら、お礼にって。そのひとがそう言っていただけなので、本当かどうか分かりませんけど」
文若さんはとても慎重に紙袋を開けた。香りを確かめると目を細めた。
「なるほど、だいぶ香りは飛んでいる。これでは売り物にならんだろう。だが本物のようだ」
「良かったですね!」
「代金は」
「タダで貰ったので、いいです。お金を貰ったら雲長さんに叱られます」
文若さんは、厨房の雲長さんを見た。雲長さんが頷くのを見て小さく頭を下げる。
「では、旅人に食事できるところを聞かれたらここを勧めておく」
「ありがとうございます!」
わたしは一礼して文若さんを見送った。
文若さんと入れ替わりに、公瑾さんが入ってきた。このひとは武器商だ。すごく高くてすごく性能のいい武器を扱っていて、揃えられないものはない、らしい。
今日もきれいなひとだ、と思う。男の人にこういう言い方はどうかと思うけど、よく研いだ剣のようにきれいだ。錦の刺繍とか、分かりやすくお金がかかっていないけど織りが上等の滑らかな衣をいつも着ている。そのひとはわたしにちらと微笑をむけると、店内を見回した。
「おや、玄徳殿」
公瑾さんはとても丁寧に、ふたりに一礼した。そうしてまた、かがみこんで何か話しかけている。今度ははっきりと、玄徳さんの顔から笑みが消えた。子龍さんが玄徳さんに何か言うと一礼して立ち上がり、あっというまに店から出て行った。
公瑾さんはそれを見送って、ではまた、と玄徳さんに挨拶してから厨房に近づいてきた。
「雲長殿。またあとでいつものをお願いしますよ。」
雲長さんは、手は忙しく動かしながら黙って頷いた。公瑾さんも店内では食事をしない。わたしがかんたんな食事を一日一回、夕方に決まった籠に入れて店まで届けている。公瑾さんは懐から財布を出し、「ひと月分です」と言って大きい硬貨を置いた。こんな高額の硬貨をこのひとはいつもなんでもないように出す。わたしはそれを受け取って頭を下げた。このひとも支払いはきっちりしている。わたしがここに来てから一年、遅れたことは一度もない。公瑾さんは金持ちでどんな美食も思いのままという噂だけど、店構えは急いでいたら見落としてしまいそうな素っ気なさで、よくある武器屋の看板がひとつ下がっているきりだし、店内はきらびやかな家具がおいてあるだけの高級な喫茶店のようで、武器はぜんぜん見えない。それを常連さんのひとりに言ったら、「武器を魚みたいに店先に吊るしておいたら、襲ってくれって言ってるようなものだよ」と呆れられたことがある。あの店は、そうは見えないけど剣の達人だという公瑾さんと似ている。
公瑾さんと入れ替わりに、あーおなかすいた、と大声で言いながら入ってきたのは、孟徳さんだ。紅い生地に錦糸で大きい鳥を背中に刺繍した派手な服を今日も着ている。このひとの衣はとても袂が長くて、邪魔にならないのかなと思う。
「やあ花ちゃん、今日も可愛いねー」
いつもこのひとはにこやかにこう言うし、よろず紹介所の芙蓉にもそう言っているのを聞いたことがある。芙蓉は誰にでも言っているのよと吐き捨てる。それを含めても、孟徳さんの口調は楽しいだけで、嫌な感じはしない。そう言うと芙蓉は物凄く嫌そうな顔をするだろうから、言わないけど。
このひとの職業は、いまひとつ、よく分からない。毛皮小物の商売をしている早安くんが【平原】で見かけたと言ってたけど本職の狩人でもないようだし、かと言ってどの店でも金払いはいいけど貴族という感じもしない。貴族は戦ったりしないと聞くけど、腰に下げている剣は使い込まれた大ぶりのものだ。実は城主なんじゃないかという噂が出るくらい、はっきり言って謎の人だ。以前、雲長さんに聞いたら、客の噂をするものじゃないと言われてから、「偉い人は忙しいものだろう」と言われた。それはそうだと納得しかけたら、「本当に有能な人間は偉くても余裕がある」と、どっちなんだかわからないことを追加された。
孟徳さんは厨房に近い赤の卓に座ってから、初めて気が付いたというように玄徳さんを見て唇の端を上げた。
「よう玄徳。暇そうで結構だ」
いつものようにどこか落ち着かなくなる口論が始まるのかと思ったら、玄徳さんは腕組みして孟徳さんを見た。
「そうでもない」
「ほう?」
「東の隊商が予定をふた月過ぎても到着しないそうだ。【平原】の異変ではないかと噂が広がっている。自警団でも聞き込みを始めるべきか考えている」
【平原】と深いつながりで成り立っているこの城塞で、【平原】の異変というのは穏やかじゃない。わたしは孟徳さんを見たけど、余裕ある笑みのまま、彼は椅子に座っている。
「へえ」
「当然、城主も聞いているだろうが、何の動きもないところを見ると何事もないのかもしれない。」
「だが、噂が広まるのは面倒、というところか」
「そうだな。」
玄徳さんは、ちらとこちらを見た。
「面倒なことでなければいいと思っている」
玄徳さんが言いたいことは、察しがついた。【大災厄】のことだ。
それは一年半くらい前の話だ。【平原】の泉や川が次々枯れだし、それに頼っていた街や村が捨てられていった。水が枯れたことで【平原】に住んでいる獣が凶暴になり、人を襲った。天候も不順になり、夏に雪が降り風が巻き火事が多発したということで、この城塞も、ふだんは人目に触れない山岳に住む、空を飛ぶ獣の集団に襲われた。それが一年も続き、一時は遠い都近くまで空を飛ぶ獣が迫ってずいぶん荒れたらしい。それは、始まった時と同じように唐突に終わり、今では【大災厄】と呼ばれている。
らしい、というのは、わたしがなにひとつ覚えていないからだ。
わたしは、【大災厄】のとき、焼け跡にぽつんと立っていたという。最初にわたしを見つけたのは雲長さんで、その時はまったく言葉が通じなかったらしい。焼け跡にいたにしては体に火傷やススひとつなくきれいだったから、雲長さんはひとまず、家に連れてきて寝かせてくれた。わたしが覚えているのは次の日、雲長さんと会ってからだ。その時はちゃんと言葉が通じたけれど、何も覚えていないのに変わりはなかった。
雲長さんはわたしが落ち着くまで放っておいてくれた。わたしが手伝いを申し出て初めて、自分の店に連れてきてくれ、働くことを提案してくれた。それから一年、わたしは雲長さんの家で暮らしながら、この店で働いている。
ぽん、と温かい手が頭に触れて、わたしは我に返った。玄徳さんが間近で笑っている。
「そんな顔をするな。まだ何もわかっていない」
そんなに不安そうな表情をしていただろうか。頬が熱い。わたしは、【大災厄】で親を失った雲長さんの遠縁ということになっているから、玄徳さんも気を使ってくれたんだろう。
「…はい」
「そうだよ花ちゃん。玄徳が騒がなければすぐ終わるよ」
「…お前は」
「雲長、煮込みひとつねー」
孟徳さんが雲長さんに声をかけた。わたしは玄徳さんに頭を下げてから、厨房に近寄った。扉があいてお客さんがどっと入ってくる。そのひとたちに挨拶しながら、わたしは配膳の準備を始めた。
わたしの名前は、「花」。
雲長さんが、わたしが立っていた場所に花が焼け残っていたから、そう名付けたと聞いた。
わたしは、自分がだれか、まだ知らない。
(2015.2.17)
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