二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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花ちゃんはいつまでもきっと少女のようなやさしさで、好きなひとを想っているのでしょう。
「はーなちゃーん」
「花ちゃん居るう?」
仲良く並んだ声と顔に、公瑾は筆を僅かに止めた。
「彼女は留守です。」
顔を上げず、再び手を走らせながら素っ気なく言うと、彼の机の端に似た顔がふたつ、行儀良く並んだ。娘らしくなっても、大喬と小喬たちが神出鬼没であることにかわりはない。
「なーんだあ」
「居ないんだー」
「…すみません、そこにいらっしゃると非常に気が散ります。どいていだけませんか」
「待たせてもらうねー」
「あ、お菓子は持ってきたから構わなくていいよ」
笑顔が机の端から同時に引っ込み、公瑾の部屋の隅にある椅子に並んで腰掛ける。そのままきゃらきゃらと話しはじめる様子に、彼は本格的にため息をついた。こうなると、さっき妻を使いに出したことが悔やまれる。
もともと公瑾は、花が結婚後も彼の側で働くことに乗り気ではなかった。まだ読める字が少ないとか、行儀作法がなっていないとか、理由をつけてはのらくらかわしていたが、ついに花に泣かれてしまった。
彼女は、公瑾の役に立ちたいと繰り返した。人妻は他の人にあまり会わないようにするものですよと言っても、折れなかった。「だって、公瑾さんの側にいないと心細いんです」と言われてしまえば、例えこの少女たちの入れ知恵があったとしても、もう言葉は出なかった。
彼女にさせているのは休憩の世話や簡単な文書の仕分け、来客の応対といったところだが、仕事の時に彼女が側にいることで和んでいることは認めざるを得ない。ある文官などは、前より公瑾が口うるさくなくなった、などと言ったらしい。
「花ちゃん遅いねー」
大喬が言うと、小喬が小声で歌い出した。まったくはしたないことを、と額をおさえかけた公瑾は、旋律を聞きとがめた。
ふたりは歌いながら顔を見合わせて笑っている。希なる美人姉妹がそうしていると、実に絵になる一場面なのだが、子どもの頃から彼女らを知る公瑾にそんな感慨は沸かない。
「その歌は、花が教えたのですか」
公瑾がやや大きい声で言うと、ふたりはぴたりと歌いやめて彼を見た。
「そうだよ」
「可愛いでしょ」
「可愛い、かどうかは分かりませんが、興味深い旋律ではあります」
「花ちゃんが教えてくれたんだよ、可愛いって言えばいいのに」
「ねー」
「やだねえこんな意地っ張り」
「花ちゃんが似なくて良かったね」
「…すみませんが」
「これね、花ちゃんの世界の公女さまが、いつかわたしにも素敵な殿方が現れるのかしら、って夢見る歌なんだって」
(素敵な、殿方)
妻にして数年。そんな歌を思い出させる隙が、どこかにあったか?
固まる公瑾を余所に、姉妹は顔を見合わせて笑う。
「可愛いよね」
「子どもっぽいけどねー」
子どもっぽい姉妹に言われたくない、と公瑾は一瞬思ったが、立ち上がった。
「その歌を習ったのはいつですか?」
姉妹は公瑾を見て、にやり、としか形容しようのない笑みを浮かべた。その瞬間、呉の知将と謳われる自分が、姉妹の手のひらで踊ってしまったことを知った。
「三日前だよ」
「花ちゃんって可愛い声してるから、余計に歌がかわいく聞こえるんだよ」
思わず唇を舐めた時、妻が駆け込んできた。
「すみません、遅くなりました! …あれ、大喬さん、小喬さん。いらっしゃい」
「わーい花ちゃんだー」
「おかえりー」
姉妹は素早く立ち上がり、花の手に菓子の包みらしいものを押しつけて戸口へ駆け抜ける。
「え? え? 何か用があったんじゃないんですか?」
「もう終わったの」
「またねえ花ちゃん」
ひら、とからかうように裳裾が翻り、姉妹の軽い足音が遠ざかっていく。花が首をかしげるのを、公瑾はじっと見ていた。振り返った花と目が合う。
「花」
「本当に遅くなってすみません。仲謀さんと会って話しこんで」
「…ほう」
公瑾は、彼女から目をそらさずに近寄った。花が怪訝そうに彼を見上げる。その仕草につれて、彼が手ずから選んだ髪飾りがしゃらりと鳴る。この世界に残ってから髪を切っていない彼女は、公瑾が髪型を楽しめるほど髪が伸びた。
「公瑾さん?」
「さきほど、あの姉妹から聞いたのですが」
「はい」
「なにやら愛らしい歌をあのふたりに教えたようですね。」
愛らしい、と繰り返して、花は困った顔をした。
「どれでしょう。大喬さんと小喬さんは、よく話を聞いてくれるので…」
「わたしは教えて貰っていません」
きっぱりと言うと、花は複雑な顔をした。
「だって…公瑾さんはわたしがあちらの話をするのが好きじゃない、ですよね。」
好きじゃない、などというものではない。嫉妬している。あちらにあったはずの、彼女の可能性に。
口ごもった公瑾に、花は俯いた。
「すみません…やっぱり、つい出てしまうことがあって。そういう時にあのふたりはよく聞いてくれるので、甘えてしまうんです。良くないとは分かっているんですが」
「…良くない、ことはありません」
公瑾は手を伸ばし、花を抱きしめた。こうしても、もう彼女は逃げない。腕の中から、落ち着いた暖かい目の色で彼を見上げてくる。
彼女や自分の、今までの年月から比べれば僅かな…それでも、もう手放せない時間がここに息づいている。
「約束して貰えませんか?」
花は、小首をかしげた。
「はい、何でしょう」
「あのふたりに教えたものを、残さずわたしにも教えてください」
「ええ!?」
ぜんぶ覚えてるかな、と心細そうに呟く彼女の額に唇を触れさせる。
「わたしなら、何でも演奏してさしあげます。そうしたら、あなたが一緒に歌ってくださいますね?」
花は目を丸くし、それから公瑾の愛して止まない笑顔を浮かべた。
「はい!」
抱きしめ返してくれる彼女のぬくもりに目眩がして、公瑾はきつく目を閉じた。
(2010.4.13)
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