二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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公瑾さんと花ちゃん、です。
カウントダウン企画におつきあいいただき、ありがとうございました。
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商人が出て行くと、花は深い息をついた。公瑾が少し悪戯っぽく笑って振り返る。
「そんなに惜しいですか、さきほどの珠が」
花は胸を押さえて夫を見た。彼が裾を払って隣の椅子に戻る。卓の上には、求めたばかりの髪飾りや、帯にするための華やかな布地があった。それを指でもてあそびながら花は俯いた。
商人はこの家に古くから出入りしていて公瑾の好みをよく把握している。今日も持参した品物はほとんどすべて買い上げた。深い紺色の帯飾りは公瑾の衣にとても似合うだろうし、花が先日、他の店先でため息をついて見ほれた真珠の首飾りも揃っていた。そういうところ、夫はとても目ざとい。
言いよどむ花の横で、公瑾がため息をついた。
「あの珠は、何処かの墓から出て来たものかもしれません。」
さらりと言われた言葉に、花はひどく驚いた。顔を上げた花に、公瑾が微笑む。
「紐は新しくしてありましたが、あの古びた感じは間違いないでしょう。わたしの祖母の持ち物に似たものがありました」
「でもそれだったら、どなたか年配のかたが、手放しただけかもしれないじゃないですか」
「その可能性は捨てきれませんね」
公瑾は意外なほど素直に肯ったが、卓に頬杖をつき花から目を逸らした。呟くように言う。
「くすんだ朱色の大珠でしたね。色に深みがあって美しかった。」
「なら、どうして反対したんですか?」
公瑾は花をちらりと見た。促すように微笑まれ、花は口ごもった。
「…だって、きれいだって思ったから」
「わたしが新しく誂える珠よりもですか」
花は唇を尖らせた。
「公瑾さんってば、わたしが選ぶ珠にまで嫉妬するんですか?」
「あなたが熱心に作り話を聞くものですからね。何でしたか、身分の高い娘に懸想した貧しい男がせめて贈った珠…でしたか?」
商人の口と分かっても、その物語は花をうっとりとさせた。公瑾は僅かに苦笑して聞いて居たようだったが、どうもその程度では済まないらしい。花の頬が紅潮した。
「内に秘めた情熱っていうか、そういうのが感じられる紅だったから」
「お話の姫君にでもなりたい、と?」
突き放すような物言いに唇を噛み、花は立ち上がった。こちらを見もしない公瑾の後ろからそっと抱きつく。彼はびくりと身じろいだ。
「なんです」
僅かに険のある声に、目を閉じる。
「思いが通じないのは哀しいとか、思い合っているのに手を取れないのは寂しいとか、引き離されたら辛いとか…そういうことはぜんぶ、公瑾さんに恋したから想像できるようになったんです。それまでは、ただはしゃいでるだけでしたもん。」
漫画やドラマをわくわくして見ていたあの頃には想像も付かない、甘く冷たい存在がこの心に居着いてしまった。最初は確かにおそるおそる触れていたはずなのに、いつのまにかそれはさも当然とばかりに花のすべてをかき乱す。
「だから、公瑾さんが心配するようなことはどこにもないです!」
断言すると、公瑾は花を横目で見上げ、呆れたように小さくかぶりを振った。花は頬を熱くした。
「なんですか、そのかお~。」
「なんですかとはこっちの言い分です」
「だって、公瑾さんじゃない恋人を想像してるって、変な勘違いをしてるんですよね?」
「ではあなたは、わたしがあなたではない妻を想像して衣を仕立てたら不満に思わないとでも」
「公瑾さんがそんなことするんですか?」
小首を傾げて問えば、彼はしばらく黙って花の腕に手を添えた。
「降参です」
珍しい台詞に、後ろから強く公瑾を抱きしめる。
「じゃあ、公瑾さんにおねだりしていいですか?」
公瑾はひどく艶な流し目を妻に寄越した。
「珍しい。なんです?」
「わたしだけに、公瑾さんがどこにも発表しない恋の詩を書いてくれませんか」
彼は一瞬真顔になり、少し意地悪そうに微笑んだ。
「わたしの思いをそれで日々確認したいというわけですか」
「はい、肌身離さず」
公瑾は少し考えていたようだった。
「あなたも書いて下さるなら、考えてみましょう」
「わあ、約束ですよ!」
花は喜んで手を握り合わせた。公瑾はくすくす笑い、卓の上の真珠を指に引っかけた。
「これよりも喜んでいるようなのが複雑ですが。」
「さっきの詩は期限が無くてもいいですか?」
「いいえ、明日までには欲しいですね」
言い出したがわのはずがさらりと追い詰められ、花は目を眇めた。
「いじわる」
「結構」
(…ごめんなさい、公瑾さん)
わたしは亡くなったあとも一緒に居たいのです。離れがたかったあの大珠のように、胸に飾りたい。そうしたら、わたしがどれだけこのひとに愛されていたか、少しだけでも伝わるかもしれないから。…ずっとあとに、わたしを見付けるひとに伝わって欲しい。わたしが幸せだったことを信じて欲しい。それがあの大珠を見た時からの、本当の夢想なんです。
花は夫をきつく抱きしめた。
(2011.4.9)
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