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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと花ちゃん。婚儀後です。







 花は軽く息をついた。やっと、字を書く準備が整った。
 よく晴れた日に部屋の中で書き物をするなんて本当に惜しい。出かけたい気持ちは山々だが、夫が視察に出立したばかりで侍女たちの目は若干厳しい。公瑾がいないとすぐ遊びまわる、なんて噂を立てられてはいけない。
 だから窓辺に机を寄せ、若葉の香や葉擦れの音を聞きながら手習いをしようと思った。しかし、この家の調度ときたら重厚で、学校の机を動かすのとはわけが違う。侍女たちに手伝ってもらうことも考えたが、人妻がそのような端近でと、公瑾の笑顔を真似したような表情でたしなめられるだろうことを考えると、少しばかり面白くない。だって、今日の日差しは本当にきれいだ。
 自分が留守のあいだ、花は出仕せぬとの夫の言葉は、瞬く間にまわりの人々に浸透した。だから今回も、公瑾を送り出してしまうと寂しさや心細さばかりでない隙間ができる。夫は過保護にも「宿題」を置いていくので、それをこなしていくうちに日は過ぎていた。今回もそうなるだろう。あのひとと添って数年経つのに、こんなところは変わらない。夫は、この世界に自分がまだなじんでいないと思っているのだろうか。
 花はまたため息をついて、椅子に座った。公瑾が置いて行った手箱を開ける。編込模様の美しい箱は拍子抜けするほど軽い。
 妻になったばかりの頃、書き取りの「宿題」のために子ども用だと言う手習い見本を山ほど置いていかれ、仰天したことがある。今ほどできなかったのだから「宿題」自体は仕方が無いとしても、あの量は凄かった。なんとか彼の帰る日に間に合わせたものの、内容は知れている。ため息交じりに添削を返されたときはさすがに泣きそうになった。あれはいま思い出しても気落ちする出来事だ。
 簡を紐解き、素っ気ないほど整った夫の字を、ゆっくり読む。文の形から詩だとは推測できたものの、文意を取るにつれ、花の顔はゆっくりと緩んだ。
 ささいな、でもきれいな風景をうたった詩だ。あのひとが作ったのだろうか。
 詩をつくる、という、花にとっては特別なことがいとも易々とできる人々がいる。呉の宮にも宴の席などで即興で詩をつくるひとがいてそれを披露している。花は、思ったことを口に出せても、それを綴ることはできない。詩を作る人は、違いはありませんよと微笑むだけだ。孟徳もそういったことに長け、しかも素晴らしい詩人という評判で、仲謀がさも不本意そうに褒めていたことがあった。
 これは、何かに載っていたものを書き写したのだろうか。それにしては、淀みのない筆致で描き出される情景はどれも、身に覚えがあるような気がする。
 女の足に絡む若草を羨むこの詩は、一緒に草原に行った時だろうか。柔らかな草がこっそり裸足になった足に気持ちよくて、見つかったあとは歩かせてもらえなかった。
 天の舞人よりもわたしの愛する歌は拙いという謎かけのようなこれは、以前に一緒に招かれた宴の時か。あるじはこの国にたいそう寄与した人物とのことだった。そのたっての頼みで公瑾の楽に合わせて舞が舞われ、見惚れると同時に舞人がとても羨ましかった。二人だけの世界のように見え、ああこんな嫉妬はばかげていると思ったものだ。
 派手な色を好む娘をやんわり諫めたようなこっちはつい先日、衣を作ったときの話ではないだろうか。自分が着たい色と侍女が似あうと思う色と夫が着せたい色がいつになく噛み合わず、他人から見た自分について色々と落ち込んだ。
 残りの簡も、舟遊びの風や昼下がりの宮の中庭など、思いつく光景がいくつもある。
 花は開いた簡を並べた。墨の色はどれも同じに見えるし、簡も特に古びたものはない。このために書いたものに見える。花は頬に手を当てた。さあ、どうしよう。
 まさか、これを一字一句書き写すことを望んではいないだろう。あのひとは端的に「宿題」ですよと言っただけだ。自分にも詩を書くようにというのがきっと一番簡単な答えだろうけど、この、果てしなく恋歌に近い詩に返事を出すのはものすごく恥ずかしい作業ではないだろうか。あのひとは本当に恋をねだる。こんなだめ押しをしなくても、今朝も隣にあなたの寝息がないことを心細く思ったのに。花は簡を撫でた。
 あのひとが剣を置いている間くらいは、ぬるいほどきらめく風が取り巻いているといいと、いつも思う。もしかしたらこの詩はあのひとからの返事かもしれない。だってどれも、思い浮かぶ景色はふたりのものだ。
 あなたを思い出すたびにこの体中を洗う温かいものを表す特別なすべを知らない。だからせめてあなたが戻るまで、わたしは日常を磨こう。あなたの心地よさ、あなたの嬉しさ以外に褒美はないのだから。その合間に、ちょっとは詩を頑張ってみよう。花は少し肩をすくめて微笑み、筆を取り上げた。


(2014.6.14)

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