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孟徳さんと花ちゃん。「おもいでがえし」にばっちり対応してます。
拙作のhintを下さったNさまに感謝をこめて。
花は箱を開けて、あら、と小さく言った。白い包みの数があまり減っていない。特に目印をしてあるそれは、夫の頭痛薬だ。
夫の薬は、以前は夫の特に信頼する医師と侍女によって厳重に保管されていた。ここでは、花が管理している。管理していると言っても、花が必要なのは切り傷や擦り傷に効く薬、風邪を引いたときに飲む薬くらいで、それもほとんど世話にならない。だから、この箱を開けて中身を確認するのも忘れるくらいだ。花がもと居た世界と違って防腐剤があるわけではないので、折々に確認しないといけない。必要な時にカビが生えていたり虫がついていたりしては、何にもならないからだ。こんな雨の多い季節は特に、うっかりするとカビが忍び寄っている。
「どうしたの花ちゃん。怪我?」
いつの間にか部屋の入口にいた孟徳が、ほとんど風のような速さで花の側に立った。花は笑ってその心配そうな顔を見上げた。
「違います。薬箱の点検です。」
夫はなおも、花の全身を検分するように見回し、やっと頷いた。
「なら、いいんだけど」
「はい、大丈夫です。あの、孟徳さん」
「ん?」
「頭痛の薬、足さなくてもいいですか? 数はあんまり減ってないみたいですけど」
孟徳はことりと首をかしげた。
「んー、でも、気が付いたときにやっておかないとね。俺が手配しておくよ」
「お願いします」
花は大人しく任せた。薬を調合するには体の状態を相談するものだ。いくら「曹 孟徳」そのひとだと知られなくても、夫がこのあたりの薬師にそれを任せるとは思えない。
花が薬箱を閉めると、待ちかねたように孟徳の腕が自分を抱きしめた。
「花ちゃんの傷薬も減らなくなったねえ」
「…はい」
何もかも一からやらなければならないこの家では、火を熾すのだってひと苦労だった。大概のことは許してくれる孟徳であっても、まさか空腹のまま何時間も待たせておくわけにいかない。最初の頃は朝ごはんを作ったと思ったら昼につまむものの準備など、ゆっくり座る暇も無かった。慣れていないことで火傷や切り傷も多いから孟徳がひどく心配して、手がべとつくほど傷薬を塗られたこともある。
思い出したのを見透かしたように、孟徳にその手を取られた。指を一本一本、なぞるように持ち上げられる。気を付けて薬を塗りこんでいても、ちょっとしたことでかさついて割れていた皮膚は、自分でも分かるくらい硬くなった。
「うちの可愛い奥さんの手も、だいぶ落ち着いてきた」
「奥さんの手、になりました?」
振り返ると、孟徳はどこか複雑そうな、でも寛いだ微笑を浮かべて頷いた。
「俺の奥さんの手、だ」
「ありがとうございます」
「変な花ちゃん。なんでお礼なの?」
「だって、孟徳さんの奥さんですもん」
「そうだけど」
壮麗な宮に居たままでは、こんな手にはならなかった。今思えば確かに何もかも楽で、笑っていれば孟徳だって機嫌がよかった。事実、何度も侍女たちにはご身分にふさわしいおふるまいをと言われていた。それではおさまらないと色々していたあの頃の自分を、とても子どもに思う。そして、ここへ来てまだ数年なのに、そんな感慨が出る自分が少し、恥ずかしいような気もする。
花は、自分の手をなぞる孟徳の指を握って、止めた。
「孟徳さんの手が大きいのは変わりませんね」
「そりゃあね。でも俺の手もちょっと変わったんだよ」
花は孟徳の顔を見返した。そしてもう一度、手を見た。大きい、男の人の手。
「変わったんですか?」
「うん。」
花は自分の手の上で、孟徳の手を握ったり開いたりしてみた。彼は黙ってされるがままになっている。
「…分かりません」
彼は短く声を上げて笑った。
「花ちゃんにはちょっと思いつかないかも」
「誰なら思いつきますか?」
孟徳は瞬時、誰かを思い出す表情をして、しかし、誰だろうね、と呟いた。そしてその表情を消した。
「分かるまで握っててよ、花ちゃん」
花は言われた通りその手を自分の手でくるんだ。かさついた手だ。爪の先に墨のあとが少し残っている。
孟徳があんな顔をするのだから、きっと元譲や文若なら分かるということなのだろう。それなら、いくさのことかもしれない。確かに、ここにいるこのひとには、もう剣は必要ない。だから変わったということなら、いくらでも歓迎しよう。
背中の孟徳が花の肩に頬ずりする。黙ってそれを受けながら、花は彼の手を撫でていた。
(2014.6.22)
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