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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
   
 『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。


 花孟徳さんと文若さん。



 歌が終わると、孟徳は晴れやかに微笑んだ。
 「素晴らしい。」
 ありがとう存じます、とあるかなきかの声で言い崩れ落ちるように平伏した娘は、すっかり力が抜けたらしい。そのままの姿勢で動かなかった。侍女たちが、彼女を抱きかかえるようにして宴の席から下がっていく。文若は束の間、それを目で追ったが、上座で紅の袖が大きく翻ったのを感じて視線を戻した。打ち解けた笑顔が彼の隣を見、賞賛するように頷いた。そうだ、あの娘は、隣に座る奉孝が連れてきたのだった。すぐその視線は逸れ、杯が高く掲げられた。
 「本当に素晴らしいこと。ぜひ帝にもお聞かせしたい」
 座が静かに波打った。昨日は市で歌を歌っていたような、どこの者ともしれぬ娘を帝に披露しようというのだ。しかし奉孝は恭しく一礼した。文若も、あるじのその言葉は、帝によい声を聴かせたいというそれ以上の意図がないことを知っている。あるじがそう言えば、最早彼女に逃れるすべはない。あの大人しそうな、幼さの残る娘が逃げたくても、まわりがそれを許すまい。
 「畏まりました」
 「まるで天から聞こえてくるような声! ねえ、お前もそう思わなかった?」
 あるじは彼女の側にいる侍女に顔を向けた。近頃、特にあるじに重用されている彼女は紅潮した頬をして頷いた。
 「高い声がよく伸びますこと。驚きました。笛のよう」
 「ああ、そうだね」
 侍女は孟徳の相槌に深く頷いたが、すっと表情を消して目を伏せた。
 「恐ろしいほどでございました。」
 孟徳の笑みが深くなったのを、侍女は見ていないだろう。
 「恐ろしい?」
 その声が舌なめずりするようだとは、侍女は思いつきもしないだろう。
 「ええ。何か、この世のものではない清らかさが降ってくるように思いました。目を閉じて聞いていれば、次に目を開けた時はここではない場所に居るような」
 孟徳は声を上げて笑った。
 「その通りだ。これはなおのこと帝にお聞かせしなければ」
 うっとりした笑顔のまま杯を傾けるあるじを見て、文若は短くため息をついた。これから先の騒動が降りかかってくることが想定される宴になど、出るのではなかった。あの娘を帝の前に出すとなれば、帝のがわが黙ってはおるまい。苦情はおおかた、こちらに来る。
宴はもとから好かない。しかし今回は、奉孝からやけにしつこい誘いがあり、また長らく抱えていた案件が一段落して少しばかり気が抜けていたせいもある。
 彼は傍らの、良かった、という呟きを拾った。視線を向けると奉孝が小さく笑う。
 「気晴らしがおできになったようだ」
 「なに?」
 「近頃の楽士どもはどうもつまらぬと呟かれたことがありましてね。つまらない、とはまた難しい言葉でしょう? あの方は鋭いから」
 鋭いというより興味の範囲が広い。市井の歌も舞も、西から入ってきたばかりの珍しい楽器などもよく知っていて、ために楽士たちは気が抜けないという。ぽんと目新しい楽器を渡されそれをいついつの宴までに披露せよと世間話のような命が下るのだ。激務のどこにそんな情報を仕入れる隙があるのかと思うが、女はうわさ好きなものだよと、いちばん女から遠いようなあるじに笑われてしまったことがあった。あのひとは、いいように己の性を使う。
 座には、聞きなれた曲が流れている。奉孝はそれを邪魔すまいとするかのように、囁き声で続けた。
 「あの子は一座でもまだ駆け出しだったのですが、花形の歌い手がひどく気にしていましてね。どうもいじめられていたようで、わたしが知人に頼んで引き取ってもらったのですよ。」
 「では、あのような歌い方は、教えたのか」
 「勿論です。素晴らしいでしょう?」
 生き生きと語るこの男も、趣味を楽しむという点ではあるじと肩を並べるだろう。かなりいかがわしい面に特化しているが。
 「お前の女か」
 「おや、いつになくあけすけなお尋ねですね」
 「お前の女ならば、お前が言い含めれば宮に上がるだろうからな。」
 「わたしは無理強いなんてしませんよ。いつだってね」
 文若はまたため息をついて杯に口付けた。ぬるくなった酒は匂いばかりが鼻につく。
 侍女の言い分も頷ける。彼女には、地上のことをとても遠い高みから見ているような、すべて過去として歌っているような、諦観に似た涼やかさがあった。あれはあの娘特有の歌いようなのか、それともあの年頃しかできないことなのか、歌に詳しくない自分には分からぬ。だが、宴の喧騒を払うものだったことは確かだ。
 「お気に召しました?」
 「わたしが気に入るか入らぬかなど問題ではあるまい」
 「そうですね。でもあなたにだって好みはあるでしょう?」
 文若は杯を置いた。
 「歌い手の好みなど、考えたこともない」
 言い切れば、奉孝は微笑みのまま目を逸らした。酒を注ぎに来た豊満な侍女の肩を抱くようにして話しかけている。確かにその侍女は彼の好みだろう。
 そうだ、好みなどない。流行りの歌もよく知らない。ただ、いまいちばん上座でこれ見よがしな紅の衣をまとう彼女が昔、囁くように歌った古い歌なら、忘れずにいる。あれは、こんな喧騒が夢だったころ、微笑みがそのままの意味しかなかったころだ。世の中についてさんざん語り合った帰り道に、彼女がふと口ずさんだ知らない歌。
 文若は席を立った。回廊に出る。凍りつく夜気が肺に心地よい。目を上げれば月は雲の向こうだった。
 彼は唐突に、先ほどの声に自分が惹かれない理由を知ったように思った。あの声には、彼女の意志がない。旋律だけがただ伸びていく。もちろん、それが必要な歌もあるだろう。ただそれは、自分の好みではない。
 自分の心に住み着いた声は、懐かしい響きを持っている。幼い頃を温め、抱く手の優しさを思い出すそれは、切実なまでに同じ手を求め、泣いているように思えたのに。
 文若はちらりと広間を振り返った。千も万もの軍や人の上に立つあるじは、そんなことなどとうに忘れているだろう。自分だけがなぜ忘れ得ぬものか。そして、なぜそれがこんなに惨めに思う。文若は回廊の手すりをきつく、握りしめた。


(2014.7.1)

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