二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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公瑾さんと花ちゃんで、矢傷 逆verです。
公瑾さんと花ちゃんで、矢傷 逆verです。
公瑾さん、と叫んだ。
公瑾は水をいれた椀を持って天幕に向かった。彼の姿に、兵が入り口の布を上げる。その途端、公瑾は立ち尽くした。
この天幕は公瑾のものと比べてそう広くはない。女子が使うからと衝立を多くし、敷く絨毯を厚めのものにしただけだ。
その絨毯の中央に、花が倒れている。
公瑾の手から椀が滑り落ち、絨毯に大きなしみを作った。慌てて駆け寄っておそるおそる息を確かめれば、まだ熱いけれども呼吸が感じられる。公瑾は座り込んで大きな息をついた。あんな目に遭ったというのにひとの意表をつくことに関しては未だあなたの上を行くものはいない。
その体をくるむように抱き上げ、寝台に戻す。掛け布を直すと白いうえにも白い彼女の顔が間近に目に入った。公瑾はそのままかたわらに座った。躰から力が抜けていくような気がする。医師はどこに行ったかと思うが、きっと白湯でも取りに行ったのだろう。竃は近くに設置している。
公瑾はしばらくのあいだ、眠る花を見ていた。
あの戦場で、自分を追ってきた彼女を怒鳴りつけた。その直後、非常な機敏さで彼女が自分の前に立ち――そして、娘の左胸に矢が突き刺さった。そこまで思いだし、公瑾は膝の上で白くなるほど手を握りしめた。
矢、矢、矢。
いつも、自分には目に見える傷を残さない武器。
「あなた…たちはいつも、わたしの躰ばかり心配して」
自分でも嫌になるほど、声は弱い。
「…きん、さん」
かぼそい声に、公瑾ははっとして花を見た。敷布の下で指がかすかに動き、赤みの差した唇がわなないている。
「花殿?」
顔を寄せると、薬の匂いがする息が頬にかかった。熱い。
「花殿、しっかりなさい」
彼女の鳶色の目がうっすらと開くが、それだけで力尽きたかのように瞼は閉じられた。
彼はぎこちなく身を起こした。彼女がいま味わっているだろう、安堵と怯えが繰り返し襲う感覚を、自分はよく知っている。
あなたはわたしのように夢を見ているのだろう。
わたしは助けられたかもしれないあるじのかわりに矢を受ける夢を、あるいは目の前で射られる彼を、助けられない絶望を何度も夢に見る。あなたはわたしを助ける夢を、それとも助けられない夢を見るのか。
彼は失笑を浮かべた。きれいごとばかりをさも確定された事実のように言うあなたのことだから、わたしを助ける夢ばかりを見るだろう。
矢が、スローモーションに見えた。映画みたい、と思った。
こうきんさんが叫んでいる。
…好きな人を助けられるのはなんて嬉しいんだろう。
花が生きていてくれて嬉しいなどと、わたしが喜んでいいはずはない。わたしは、個人の欲をもう捨てた。あの輝かしい幼馴染を失った時にすべて捨てたのだ。こんなにも呼びたくなるはずがない。その名を呼んで、瞳が笑うのを見たいとおもうはずが、ない。彼は乱暴に立ち上がった。天幕に入ってきた医師が驚いたように立ち止まる。
「都督殿」
「軍師殿は、もう心配ないのでしょうか」
「そうですな、無理をしなければ、若いことでもありますし、早くに癒えるでしょう。」
そこまで言い、医師はゆるゆると首を振った。
「ただ軍師殿はずいぶん焦っておられる」
彼は眉をしかめた。孫娘を見るかのような温かさで花を見やり、またかぶりを振った。
「都督殿には、ご存じでしょうかな。こんな若い娘が戦場までくる理由を」
「彼女は軍師です、当然でしょう」
「ではなぜ、この娘は軍師などやっているのでしょうか」
知るものかと叫びたくなった自分をこらえ、彼は花を見つめるふりをした。
「それは玄徳軍の思惑です。我らのあずかり知るところではない」
花の、むすめらしい柔らな白い頬に汗が落ちている。それをぬぐおうとした指を、彼は握りこんで抑えた。医師が進み出て、花の額を、頬をぬぐう。
「いましばらくすれば、話もできるようになります。」
「そうですか。ではその折に」
彼は大股に天幕を出た。
公瑾さんはわたしに助けられたことを恨みに思うかもしれない。きっとまた、あきれられる。
それでも、助けたかった。あのひとが死ぬのは嫌だ。
伯符、伯符。
わたしは、大丈夫です。あなたの遺志を継いで仲謀さまの中原制覇にむかって動いている。心配ありません。彼女を早く遠ざけてしまうことだ。…場合によっては彼女を斬る…そう思った途端、息が止まった。
自分は、傷を負った彼女を戦場に置いてくることができなかったではないか。自らが腕に抱いて馬を飛ばし、医師をひとり専属で付けたではないか。
(公瑾さん)
忌々しいとさえ感じたあの声が、こんなにも鮮やかによみがえる。公瑾はきつく目を閉じた。
いつもいつもわたしの躰に残る傷は深い。彼は両手で顔を覆った。
公瑾さん。
わたしは、大丈夫だったでしょう?
誰かがこちらへ駆けてくる足音に意識して顔を上げ、振り返る。伝令を聞きながら、彼の中には消しようのないこだまが生まれていた。
(それでもあなたは助かった。伯符は死んだのに、あなたは助かった。)
この震えを、憎しみと思いたかった。
(2011.2.11)
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