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リクエスト返礼シリーズ、孟徳さんと花ちゃん、完結です。
リクエストいただいたnaoさま、本当にすみません…うう、「花ちゃん暗殺未遂」しかクリアできていないのではないかという…ごめんなさいすみません申し訳ありません…
ともあれ、おつきあいくださったみなさま、ありがとうございました。
六、
「花ちゃーん」
呼びながら後ろから抱きつくと、机に向かっていた花は紅くなりながらも怒った顔で孟徳を振り向いた。
彼女の自室は、そう決めて間もないというのにこの娘の匂いがする。孟徳が敏感なだけかも知れないが、この部屋に入っただけで落ち着く。
「孟徳さん、危ないです」
「危なくないよ。君は座っていて、何か書いている。持っているのは筆だけ。」
筆を持った彼女の手に手を添えると、彼女はまごついたように筆を置いた。
「孟徳さんの服に墨がついてしまいます」
「着替えればいいよ。着替えさせてくれるでしょ」
「そういう問題じゃありません」
「もう、堅いなあ。文若の下に置いたのが失敗だったかなあ」
「文若さんに責任はありません」
文若のために急におろおろしだした花が、少し憎らしい。彼女を椅子から立ち上がらせ、長椅子に一緒に座らせる。少しのあいだ、机の上の手習いが気になっているようだった花だが、すぐに孟徳を見返した。
「そう言えば孟徳さん。昨日の夜更けに、少し騒がしかったようなんですけど…」
「うん?」
「城下で火事がございました」
茶を給仕している叔玉が、さらりと言った。気づかれたかと思ってひやりとした孟徳は内心で安堵して頷いた。
「そうそう。火勢は強かったけどすぐ消し止めたよ。」
(燃え広がらないように、案配を計って一軒だけ焼いた)
「亡くなった方がいたんでしょうか」
彼女が心配そうに言うのを、孟徳はほとんど抱きしめたいような気持ちで見た。
「うん。古くからの家柄だったんだけどね、全員亡くなった」
「そうですか…お気の毒です」
孟徳は笑い出しそうになった。気持ちとは裏腹に声を低くする。
「仕事のできるやつだったんだ」
(でも花ちゃんを殺そうとした)
「口うるさくて、正義感強くてね」
(俺から花ちゃんを取り上げようとした)
「残念だよ」
(天罰なんだよ)
可愛い娘が、小首を傾げて聞いてくる。
「孟徳さん、機嫌がいいみたい。今日は頭痛はないんですか?」
「うん? ああそうだね、花ちゃんの顔を見たから」
「またそういうことを言う」
花は怒り、すぐまた心配そうな顔になった。
「そう言えば賽香さんが、駆け落ちしてしまったと…」
孟徳は嬉しくなった。叔玉の作り話の才能は素晴らしい。花の中で、あの臆病者、あの暗殺者は永劫に逃げ続けるのだ。
「わたし、何も気づきませんでした」
「気づかれたら駆け落ちできないよ。花ちゃんが気に病むことじゃない」
「でも何かしてあげられたかもしれないのに…」
真顔になった花の手を取ると、きょとんと彼女は見つめ返す。
「もう、誰にでも優しいんだから…俺だけに優しくしてよ」
「孟徳さんの優しさの基準はとても高い気がします」
顔を紅くして目を伏せる彼女の耳に、軽く口づける。それから、叔玉を振り返った。
「賽香の代わりは」
「李彌がよろしいかと存じます」
「じゃあそうして」
「はい」
叔玉は心得たように頷き、下がっていった。彼女が部屋を出ると、花が安心したようにもたれかかってくる。白いうなじが眩しい。
…また、この恋を守ることができた。
自分以外のものが彼女を連れ去るのは、断じて許さない。相手が神だろうと、俺は戦を仕掛けるだろう。
(俺はいつまで、君のために正気を保っていられるかな)
あのいにしえの暴君のように、君の笑顔のためなら人殺しも厭わないようになるかもしれない。君が子どものために皇位をもし望んだら、あっさりと簒奪するかもしれない。
孟徳は花の髪に唇を触れた。彼女が目を上げて微笑みかけてくる。
「ねえ花ちゃん」
「はい」
「楽しみだね婚儀」
花は紅くなって、それでも小さく頷いた。
「孟徳さんの、もっと近くに行けますね?」
彼は瞬きした。…そうだ、ここから先は自分だけの道ではない。
夫人となった彼女は、どういう世界を見せてくれるだろう。俺はその中で何処に立つだろうか。優しい名を持つ彼女を、自分はいつまでだって抱きしめるけれど。
(やっぱり君は、そんな戦はさせてくれなそうだ)
その気持ちが安堵に似ていることに目眩を覚える。
孟徳は心の底から息を吐いて、花を抱きしめた。
(おわり。)
(2010.6.2)
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