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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『公瑾さんの妹の花ちゃん』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 
 『公瑾の妹花ちゃん』は、公瑾の血の繋がった妹の花ちゃん。
 
 
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。


 
 
 花は駆けている。
 屋敷を飛び出してからは、闇雲に駆けている。
 (にいさま、にいさま、にいさま)
 呼び続けていても、見慣れた姿は現れない。いつもなら、優しい声がすぐ聞こえるのに。
 草むらの中の小さな道を下っていくと、挨拶をしてくれる中年の女性がいた。花にも見覚えがある、周家の調理人だ。
 「ちい姫さま、いかがさないました」
 「にいさま、を、知らない?」
 息が途切れてしまうが、女性はおてんばな花の気性をよく知っている。良家の姫君は走ったりしませんといつも叱るお付きの侍女とは違う。
 「若様でらっしゃいますか? さて…孫家の若君とご一緒では」
 「それじゃ、分からないわ!」
 「ああ、もしかしたら船着き場かもしれません。いちばん大きな。北からの船団が着くそうですから」
 ありがとうという声もそこそこに、花は駆け出す。お気を付けて、という女性の声もあっという間に遠ざかる。
 花の足では、港までだいぶかかる。港に着く頃には、船団を迎える雑踏も一段落ついていた。夕暮れ近い弱い太陽が、見慣れぬ船乗りの背中ばかりを映し出している。花は焦ってあたりを見回した。
 にいさま、が、居ない。
 (可愛そうに)
 …にいさま。
 今から宮城に行くには、花は疲れすぎていた。普段なら笑って越える小石につまづくと、べたり、と顔から転ぶ。痛い。
 「にい、さま」
 漏れた声は涙ぐんでいる。でも、泣いてはいけない。伯にいさまにも仲謀にも、泣き虫とよくからかわれて、にいさまもたしなめるのだもの。
 「おや、ちいさい姫さんがいる」
 がらがら声に、花は身を竦ませて声のしたほうを見上げた。ひげ面の大柄な、見たことのない男だ。父よりもずっと年上だろう。
 「何してんだ」
 手を差し伸べられるが、どうしたらいいか分からない。泣き顔を半端に、花は動きを止めた。
 「公瑾のとこのちびじゃねえか」
 落ち着いた声に、花はそちらを見た。伯にいさまだ。呆れたように腰に手を当て、立っている。
 「伯にいさま!」
 まわらない舌で呼ぶと、大股で近寄られ、体を抱き起こされた。
 「ここは屋敷からはずいぶん遠いぜ。どうしたんだ」
 「あ、あの、にいさま、は」
 「公瑾か? 帰ったぜ、ちょっと前にな」
 花は目を見開いた。堪えていた涙が溢れていく。伯符はぎょっとした顔をしたが、すぐに花を抱き上げた。弟と妹がいる彼には、これくらいの年頃の子の扱いは慣れている。
 「若、どうなさるんで」
 「ちょっと船室借りるぞ。」
 伯符は、泣き止まない花を船室に入れた。女子を船に乗せるのはいろいろ決まりがあるのだが、まだこの子は娘とも呼べない年頃だ。大目に見てくれ、と伯符はあるじに言った。船主が肩をすくめる。
 伯符の膝の上で、船室で葛と蜜を溶かした湯を少しづつ飲まされ、花はようやくしゃくりあげるのを止めた。
 「どうしたんだ」
 「はくにいさま。わたし、にいさまと結婚できないってほんとう?」
 にいさま、にいさまと探す花に、新しく側仕えに入った侍女が、笑いながら言った。まるで旦那様を捜す奥方のよう、可愛そうに、と。その言い方が、無性に花の心を泡立てた。
 (可愛そう、ってどうして?)
 少し急いて聞くと、侍女は笑いながら教えた。もう少ししたら若様も奥方様をお迎え遊ばしましょう、そうしたら姫様ばかりに構ってはおられますまい。
 (にいさまの、奥方様…?)
 (ええ、若様のおそばに常においでになり、若様を心から思ってくださる方です。そしてこの周家を支える方。姫様はいずれよそへ嫁がれてこのお家を離れられるのですから、いまからそのように若様若様と兄君一辺倒では、ご主人様も奥方様もお困りになりますわ)
 にいさまより美しい方はおられない。
 にいさまより優しい方も、物知りな方も、側にいてくださる方も。
 …その方が、離れていく?
 そしてわたしが、離れるというのか。
 求めて止まない温もりから、やさしい夜の物語から。
 (わたしが、にいさまから、離れるの?)
 (ええ)
 今更なにを、と侍女は笑った。よく手入れされた爪のように輝く瞳で、花を見つめる。
 (それが女の役目でございます。)
 (じゃあにいさまのおそばには誰が来るの)
 (名のあるおうちから、心映えのよい美しい姫君がお輿入れなさることでしょう。若君さまのお心をとらえて離さないような、素晴らしいお方でございますわ。)
 花ほど幼くなければ、そして花ほど大事にされていなければ、その侍女の口調に込められた憧れと揶揄に気づいたことだろう。
 そして、たどたどしい花の語りから、それに気づいた伯符は目を細めた。また涙をにじませた花の頭に手を置く。
 「公瑾の奥方になりたかったのか?」
 花は、ゆっくり首を傾げた。
 「…にいさまのいちばん、になりたいの。それは、奥方様のことでしょう?」
 伯符は思わず微笑んだ。
 「違うな。」
 きっぱりした言い方に、花は瞬きした。
 「ちがう、の…?」
 「お前は公瑾の妹だろう。それはもう、あいつの一番だってことだよ。」
 「にいさまの、いちばん」
 「公瑾もたいがい、お前を溺愛してるからなあ。ちゃんと育てるならともかく、あれじゃ、お前が駄目になっちまう。…あいつになにかあれば、お前は家を背負わなければいけないんだからな。」
 最後は、独り言のようだった。ただ彼を見つめる花の視線に気づいたのか、伯符は笑顔を作った。
 「お前が公瑾の一番だよ。」
 花の体が、温かくなる。
 「お前も公瑾も、俺たちに近い。だから、まわりから何でも言われるだろう。お前はどんな時でも、公瑾を信じる。それが兄弟にできることだ。」
 「それが、いちばん、ということ?」
 「ああ。」
 伯符はゆっくりと、公瑾がするように花を抱き寄せた。
 花はこの人も好きだった。いつも自分をからかい、時には泣かされることもあるが、自分に伸べられる手は兄と同じように温かく、水の匂いがする。だから信じられる。
 「…あいつは、とても脆い」
 髪を撫でる手は優しく、耳を過ぎる声はとても小さい。
 「俺に、お前に全力を預けるあいつは、とても脆いんだ。頭がいいから、絶対に認めないけれどな。だから、俺やお前がしっかり立っていなければいけない。あいつがどんな風にぶつかって来ても受け止められるように。」
 「はくにいさま、むずかしい」
 「いいから、聞いてろ。…お前が公瑾を好き、と言う言葉を、あいつはどれだけ待ちわびているか知れない。だから公瑾の一番の妹でいろよ。どうか本心から、一日も早く、にいさまだいすき、と思ってくれよ。」
 頼むぞ。
 そう言う声を、花は夢うつつで聞いた。
 
 
 
 伯符に抱かれて眠っている花を見て、公瑾の肩から力が抜けた。
 「この通り、ちびは無事だぜ」
 「伯符…申し訳ありません」
 花が自分の腕の中に移ると、公瑾の腕の震えはようやく治まった。眠る彼女は少しむずかるように唇を動かしたが、起きない。その髪に唇を寄せると、甘い匂いがする。
 「良かっ、た…知らぬ間に居なくなったというので、どこを探したらいいのかも分からず」
 その場に座り込み、妹をより深く抱き込む。その肩を、伯符は軽く叩いて歩き出す。公瑾は慌てて立ち上がった。
 「ありがとうございます、伯符」
 おう、と応えた声はもう遠かった。呆然と後ろ姿を見守っていた彼は、にいさま、と、たゆたうように呼ばれ慌てて見下ろした。まだ眠っているような目つきの妹がこちらを見ている。公瑾は息を整えて囁いた。
 「お帰りなさい、花」
 「にいさま…」
 ふっと瞼が閉じ、また緩やかな寝息が聞こえる。
 その刹那に、当たり前に呼吸するようにだいすき、と妹は言った。
 公瑾の呼吸は僅かに乱れた。抱きしめる手に力を込める。
 産まれたばかりの頃は弱くて、とても成人すまいと言われた。その出産で母も体調を大きく崩し、寝込んだ。母に構われないその赤子は、公瑾によく懐いた。乳母がさじを投げるほど泣いても、公瑾がその手を握れば泣き止んだ。
 …わたしの、妹。
 彼はそこに立ち尽くしたまま、花を抱きしめていた。
 
 
 (2010.10.2編集)

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